私はベッドのふちに座った。ドアが開く音がした。そして、重々しい音が響いて――――彼は出ていった。

  私ははだしで応接間まで走っていった。するとなんと、彼はまだドアのところに立っていた。

  すべては時間が逆流してしまったようなひとコマだった。あのころは、私たちふたりはけんかをすると、最後はいつも私がベッドまで走っていっては泣いていた。彼がドアをバシンと閉めて走って出ていったかと思うと、実はドアのところに彼が立っている、いつもそんなふうだった。そんなとき、彼は笑いながら「ほらね、やっぱり僕のこと捨てられないだろ?」

  しかし、今は、彼はただ呆然としているだけだった。

  以前感じたことのある感傷が突然よみがえった。私はボソッと言った。「ごめんなさい。」

  彼は黙って戻ってきて、私の前に立った。彼は昔のままで背が高くかっこよかったが、私はと言えば力なくやつれていた。

  「君、ずいぶんやせたな。」彼の声はかすれていた。

  私はわざとかっこつけて肩をすくめて見せた。「ずいぶんやせただけじゃなく、年もとったし、醜くなったわ。女って……ちょっと気を緩めると盛りはすぐに過ぎちゃうのよ。蝶でさえ哀れんでくれてるってさ。」ソファーに戻り、あぐらをかいて身をすくめた。

  彼は近づいてきて、もうひとつのソファーに座った。

  「ここ何年か、君は……元気だったの?」彼は尋ねた。

  「貧乏に苦しみ羽根打ち枯らす、ってところよ。書き物をして生活して……元気だとか元気じゃないとかいう代物じゃないわ。なんとかやっと暮らしてきたってところね……。」私は自嘲気味に言った。

  「君は、あの雑誌社ではもう働いていないの?あの雑誌だけが君の消息を知る手がかりだったのに。君の名前があれば、まだ頑張ってるんだなってわかったのに。あの後、あの雑誌、以前君が担当していたコーナーの編集者が変わって……。」
  
  「私はもうあの町にはいられなくなったのよ。」私は感傷的になって言った。「だから、フリーライターにもどって、そこらじゅうをさすらっているの。」

  「なぜこんなところに?」

  「最近精神的にまいってきて、ここで静養してるの。ここは空気もいいし、やさしい人ばかりよ。ストレスなんてないわ。」私はまじめに答えていた。そして耐えきれずに聞いた。「あなたは?」

  「まあまあさ。毎日忙しい。」

  「彼女は?」私はうつむいた。

written by 草戒指
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