≪結ばれぬ空【2】≫

2003年12月18日
(二)

  樊得瑞は自分が調理場にいる太った四川の女の子を愛するようになるとは思ってもいなかった。実は彼女が太っているのは彼と対称をなしている。その当時の樊得瑞は色黒でびっくりするほど痩せていた。しかしやせ細っているのと悲惨な境遇はかえってこの青年の若さと輝きを際立たせていた。その女の子の名前は張敏。肌は四川女性特有の透き通るような白さで、眉毛は薄く、目は細く、教養は低かったが、彼女は日記にこう書いていた。“彼の瞳は暗くそして熱かった。”

  なんとはなしにこの文を見てしまって、樊得瑞は張敏がほんとうに彼を愛しているのだと確信するにいたった。自分ではそのときの狼狽したような様子を思い出したくないと思っていた。勤めている工場は私企業で、休みがなく、樊得瑞の当時の給料はたったの420元。アルバイトのお姉ちゃんとあまり変わらないぐらいだった。これらすべてのことで彼は自分自身を卑下していたが、“彼の瞳は暗くそして熱かった。”と日記に書いてくれている女の子がいたのだ。

  彼らが知り合ったのは工場の裏の使わなくなったバスケットコートのコンクリートの上だった。初夏の夕方は蒸し暑く、そこは蚊がたくさんいた。そしてトンボが群れ飛んでいた。―――シンセンのトンボはほんとうに多い。しかし人口は少ない。ある日気分がすぐれず、太陽も息も絶え絶えにぼんやりと絶望的に照っていた―――ひとり抱いていた果たせぬ思いのようにゆっくりと沈んでいくころ、樊得瑞はその女の子張敏に会った。蒸し暑いですね。2人は話し始めた。まわりのトンボたちは飛び交うばかりだった……樊得瑞が覚えているのはたったこれだけだった。その後1ヶ月ほどしてから、樊得瑞自身もわけがわからぬまま、ある日曜日、ある友達が出ていったアパートの部屋の中で、あんなにすんなりと張敏を押し倒してしまった。すべては慌てふためいたように、混乱のうちに、すばやく行われた。終わった後のことしか樊得瑞には思い出せなかった。しかし、その日、張敏はやさしい気持ちで目を閉じていた。

  それは混乱した偶然の変わった形の愛であった。少なくとも当時の樊得瑞にはそう思えた。―――窓の外はまるで一晩中こわれかけのビデオで≪同居時代≫を観ているような情景だった。彼の前途は暗澹たるものになってしまった。樊得瑞は毎朝、太陽の下で張敏のきりっとした表情を見るたび、胃が縮みあがった。彼女にはとても冷たい態度をとっていた。口数も少なく、注意を向けることもなかった。ただ、彼女が彼の卒業証書を神聖なものを拝むようにひっくり返しては眺めているのを横目でチラッと見ていたことがあったぐらいだった。男は最悪のときには愛のことなどは考えない。多くの場合、男は愛を成功したときの飾りぐらいにしか思っていない。苦しいときの自分に対する絶望を救ってくれるものとは思っていないのだ。

  ただ夜の暗闇が訪れると、彼らの呼吸が自然と合ってくる。暗くなって、光がなくなると、あのやわらかく、暖かいような冷たいような、弾力に富んだ身体の上でだけ、樊得瑞は彼女のことを女性だと感じる。なぜだかわからないが、お互いの目も見えない夜になって、張敏が樊得瑞の心の中に寄り添う大きな思いとなるときだけ、彼は彼女のために涙を流すのであった。

written by 小刀銀
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2003102808543448

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