一文銭と烏紗帽

2004年9月13日 連載
清代康熙年間、北京城内延寿寺街の廉記書舗の店内で、1人の書生風の青年が勘定場から程近い本棚のところで本を見ていた。このとき勘定場では1人の少年が“呂氏春秋”を買い、ちょうど代金を払おうとしているところだった。1枚の銅銭が落ち、この青年の足元までころがってきた。青年は横目で周囲をちらっと見回すと、右足をすり動かして銅銭を踏み隠した。ほどなくその少年はお金を払い終わり、店を出た。そしてこの青年はうつむくと、足の下の銅銭を拾った。たまたまこの青年がお金を踏みつけ、拾い上げる場面を、店の腰掛に座っていた老人が見ていた。彼はこの光景を見て、長い間青年を見つめ、それから立ち上がって青年のところに行き、青年に話しかけた。青年は范暁傑という名であること、さらに彼の家庭内の事情まで聞きだした。范暁傑の父親は国子監(最高の教育管理機構)の助手であった。彼は父親に連れられて北京までやって来て、国子監での勉強はすでに長年に及んでいた。その日はたまたま延寿寺街にやって来て、廉記書舗の値段が他の書店より安いので、入って見ていたのだった。老人は冷ややかに笑い、別れを告げて出て行った。

  その後、范暁傑は国子監生の身分のまま謄録館で仕事をし、しばらくして吏部へ行って試験を受け、合格し、江蘇省常熟県に県尉という官職で派遣されることとなった。范暁傑はとても喜び、水路陸路を経て南へ渡り任務に就いた。南京に着いた次の日、彼はまず常熟県の上級衙門江寧府へ着任の報告に赴き、上司に謁見することを願い出た。そのとき江蘇巡撫大人(官名)の湯斌は江寧府衙におり、范暁傑の名刺を受け取りはしたが、接見はしなかった。范暁傑は宿に戻り1夜を過ごすしかなかった。次の日も接見することはできず、そのまま10日間が過ぎた。

  11日目、范暁傑は辛抱強く謁見を申し出たが、いかめしい府衙の護衛官が巡撫大人の命令を伝えた。「范暁傑は常熟県へ行って着任しなくてもよい。おぬしの名はすでに弾劾の上奏文に書き込まれておる。罷免じゃ。」

  「大人が私を弾劾?私が何の罪を犯したというのです?」范暁傑は不思議に思い、矢も盾もたまらずに尋ねた。

  「金銭をむさぼった罪じゃ。」護衛官は落ち着き払って答えた。

  「え?」范暁傑はとても驚いた。「私はまだ着任さえしておらぬのに、どこに汚職の証拠があるというのだ?きっと巡撫大人の思い違いに違いない。」と思った。急いで巡撫大人の目の前で申し述べ、事実を明らかにさせてほしいと願い出た。

  護衛官は中へ入って行って取り次ぎ、再び出て来て巡撫大人の言葉を伝えた。「范暁傑、おぬしは延寿寺街の書店でのことを覚えてはおらぬのか?おぬしは科挙で秀才となったときにも、まだ1枚の銅銭を命ほどにも大切に思っておった。今日幸運にも地方官に任じられたが、今後悪知恵を絞って職を汚し、烏紗帽(文官のかぶる帽子)をかぶった強盗にならぬとも限らぬ。ただちに官印を解きここを去り、民衆を苦しめぬようにしてほしい。」

  范暁傑はこのときやっと以前廉記書舗で出会った老人を思い出した。彼こそが今、私的調査で巡回している巡撫大人湯斌だったのだ。
 http://www.zhshw.com/story/2003-12/2003124142012.htm

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