≪結ばれぬ空【5】≫
2003年12月20日(五)
樊得瑞は心の中で運がよかったと思っていたのだが、それも2000年のあの電話が徹底的に打ち崩してしまった。それ以前は後ろめたさはあっても、「ひょっとしたら彼女と阿良はうまくやっているかもしれない。」などと都合よく解釈していたが、その電話は彼の最後の防衛線と偽善の祝福を木っ端微塵にした。電話が鳴ったのは夜中の11時近くだった。受話器の向こうの聞き慣れない声は、まさに彼の心の奥底にしまってあったものだった。彼女はきっと痩せてしまっていたのだろう。もう調理場の色白でポッチャリした女の子ではなかったはずだ。その「もしもし」という一声で、彼は彼女の愛を感じ取った。しかし、すべてはもう手遅れなのだ。彼はどうして彼女が電話番号を知っているのかもわからなかったが、彼女がずっと彼のことを気にしていたのだけは確かなようだ。彼女は言った。「私、最後の2300元でこの携帯と電話番号を買ったのよ……。」彼の心は沈んでいった。彼女は笑いながら言った。「万策尽きたわ。」
彼は何年かぶりに子供のように涙を流した。「どうして?」いまさらわけのわからぬ冷淡さなど必要あろうか。「愛してるよ。」と、彼は言った。
受話器の向こうの声はただ疲れきって絶望的に笑うだけだった。「うそでしょ。」
彼は尋ねた。「阿良は?あの阿良ってヤツは?」
彼は彼女が頭を振っているのを感じた。「彼、私のお金を半分盗んで行ったわ。もうとっくに逃げちゃってるわ。」その夜、二人はほんとうにたくさん話した。一生かかってもそんなには話せなかっただろう。彼は辛抱強くひとつひとつ尋ねた。「お前は今どこだ?どこにいるんだ?」彼女は携帯だから、どこにいたって不思議はない。長ったらしい彼女の初めての自己分析の合間合間にこんなふうに問いかけた。ひとりの田舎娘が、控えめに恥じらいを含みながら、怖気ずに、彼に対する卑屈で望みのない愛を打ち明けた。彼のほうはひとうひとつ泣きながら「もう言うな。もうやめろ。はやく110番するんだ。医者に連れて行ってもらわなきゃ。オレはお前をお嫁にもらうよ。ほんとうだ。結婚しよう!」
まる2時間だった。受話器の向こうの最後の一言は「私、もう力が出ないわ。子供を作ることなんてできない。―――愛する力も含めてね。―――なんか今月携帯の料金が未納になってるみたい……。」
彼は向こう側でどれだけの血が滴り落ちているかはわからなかった。ただ後悔していた。いまさら自分の打ち明け話をしたところで彼女の憔悴しきった表情を和らげることさえできないことを。
written by 小刀銀
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2003102808543448
樊得瑞は心の中で運がよかったと思っていたのだが、それも2000年のあの電話が徹底的に打ち崩してしまった。それ以前は後ろめたさはあっても、「ひょっとしたら彼女と阿良はうまくやっているかもしれない。」などと都合よく解釈していたが、その電話は彼の最後の防衛線と偽善の祝福を木っ端微塵にした。電話が鳴ったのは夜中の11時近くだった。受話器の向こうの聞き慣れない声は、まさに彼の心の奥底にしまってあったものだった。彼女はきっと痩せてしまっていたのだろう。もう調理場の色白でポッチャリした女の子ではなかったはずだ。その「もしもし」という一声で、彼は彼女の愛を感じ取った。しかし、すべてはもう手遅れなのだ。彼はどうして彼女が電話番号を知っているのかもわからなかったが、彼女がずっと彼のことを気にしていたのだけは確かなようだ。彼女は言った。「私、最後の2300元でこの携帯と電話番号を買ったのよ……。」彼の心は沈んでいった。彼女は笑いながら言った。「万策尽きたわ。」
彼は何年かぶりに子供のように涙を流した。「どうして?」いまさらわけのわからぬ冷淡さなど必要あろうか。「愛してるよ。」と、彼は言った。
受話器の向こうの声はただ疲れきって絶望的に笑うだけだった。「うそでしょ。」
彼は尋ねた。「阿良は?あの阿良ってヤツは?」
彼は彼女が頭を振っているのを感じた。「彼、私のお金を半分盗んで行ったわ。もうとっくに逃げちゃってるわ。」その夜、二人はほんとうにたくさん話した。一生かかってもそんなには話せなかっただろう。彼は辛抱強くひとつひとつ尋ねた。「お前は今どこだ?どこにいるんだ?」彼女は携帯だから、どこにいたって不思議はない。長ったらしい彼女の初めての自己分析の合間合間にこんなふうに問いかけた。ひとりの田舎娘が、控えめに恥じらいを含みながら、怖気ずに、彼に対する卑屈で望みのない愛を打ち明けた。彼のほうはひとうひとつ泣きながら「もう言うな。もうやめろ。はやく110番するんだ。医者に連れて行ってもらわなきゃ。オレはお前をお嫁にもらうよ。ほんとうだ。結婚しよう!」
まる2時間だった。受話器の向こうの最後の一言は「私、もう力が出ないわ。子供を作ることなんてできない。―――愛する力も含めてね。―――なんか今月携帯の料金が未納になってるみたい……。」
彼は向こう側でどれだけの血が滴り落ちているかはわからなかった。ただ後悔していた。いまさら自分の打ち明け話をしたところで彼女の憔悴しきった表情を和らげることさえできないことを。
written by 小刀銀
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≪結ばれぬ空【3】≫
2003年12月19日(三)
半年後、樊得瑞についに逃げ出すチャンスが訪れた。同級生がシンセン市内の工場で税関申請係をしに行くことになったのだ。彼にはまったく未練はなかった。張敏のことも含めて。彼はすべてをうまく処理した。荷物の支度ができてから張敏に話をするほどだった。彼らはアパートにやって来た。その日は日曜日ではなかった。張敏は夜の残業のための夕食を作らなければならず、せいぜい1時間ほどしか時間がなかった。
樊得瑞がはっきりと彼女に別れを切り出したときのことだった。彼女はほんのしばらくぼうっとなった。彼が行ってしまうだろうということはとっくにわかっていた。口の中でその言葉を繰り返すだけだった。彼女は頭が麻痺してしまって、もう何度か繰り返してみたが、その言葉のほんとうの意味を理解できなかった。樊得瑞はただ黙っていた。彼が荷物を持って玄関に向かったときのことだった。張敏は叫んだ。「でも……できちゃったの……。」
この言葉はそんなにはっきりした口調ではなかった。なぜなら樊得瑞は半年で別れることをちゃんと話していたし、子供も要らないとちゃんと話していたからだ。樊得瑞はいぶかしげに彼女を見た。彼女が小細工を弄しているのではないかと疑っていたのだ。彼女の顔を見、頭を下げ、かおをまっかにしていた。彼はきっぱりと言った。「おろしてくれ。次の日曜、オレがついていってやる。お金は払うから。」
彼がそう決めたのは彼女の涙に動かされたわけではない。次の日曜、彼は言葉どおりに福田から張敏が医者へ行くのに付き添いにやって来た。午後いっぱい待って、実際の手術は1時間さえかからなかった。速いと言えばあまりに速かった。手術が終わって張敏をつれてファーストフードの店に入った。(樊得瑞は今悲痛な表情で言う。彼は当時女性がこういうときに冷たいものを食べてはいけないということさえ知らなかった、と。)ファーストフード店はきれいでさわやかだった。張敏氷がいっぱい入ったコーラを飲み終わって、何も話さず、絶望して去っていった。彼女が歩いたのは、秋の寒空のシンセンの街、コンクリートのビル街だった。彼女のスカートの後ろの股のところが暗褐色に濡れていた。
written by 小刀銀
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2003102808543448
半年後、樊得瑞についに逃げ出すチャンスが訪れた。同級生がシンセン市内の工場で税関申請係をしに行くことになったのだ。彼にはまったく未練はなかった。張敏のことも含めて。彼はすべてをうまく処理した。荷物の支度ができてから張敏に話をするほどだった。彼らはアパートにやって来た。その日は日曜日ではなかった。張敏は夜の残業のための夕食を作らなければならず、せいぜい1時間ほどしか時間がなかった。
樊得瑞がはっきりと彼女に別れを切り出したときのことだった。彼女はほんのしばらくぼうっとなった。彼が行ってしまうだろうということはとっくにわかっていた。口の中でその言葉を繰り返すだけだった。彼女は頭が麻痺してしまって、もう何度か繰り返してみたが、その言葉のほんとうの意味を理解できなかった。樊得瑞はただ黙っていた。彼が荷物を持って玄関に向かったときのことだった。張敏は叫んだ。「でも……できちゃったの……。」
この言葉はそんなにはっきりした口調ではなかった。なぜなら樊得瑞は半年で別れることをちゃんと話していたし、子供も要らないとちゃんと話していたからだ。樊得瑞はいぶかしげに彼女を見た。彼女が小細工を弄しているのではないかと疑っていたのだ。彼女の顔を見、頭を下げ、かおをまっかにしていた。彼はきっぱりと言った。「おろしてくれ。次の日曜、オレがついていってやる。お金は払うから。」
彼がそう決めたのは彼女の涙に動かされたわけではない。次の日曜、彼は言葉どおりに福田から張敏が医者へ行くのに付き添いにやって来た。午後いっぱい待って、実際の手術は1時間さえかからなかった。速いと言えばあまりに速かった。手術が終わって張敏をつれてファーストフードの店に入った。(樊得瑞は今悲痛な表情で言う。彼は当時女性がこういうときに冷たいものを食べてはいけないということさえ知らなかった、と。)ファーストフード店はきれいでさわやかだった。張敏氷がいっぱい入ったコーラを飲み終わって、何も話さず、絶望して去っていった。彼女が歩いたのは、秋の寒空のシンセンの街、コンクリートのビル街だった。彼女のスカートの後ろの股のところが暗褐色に濡れていた。
written by 小刀銀
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≪結ばれぬ空【2】≫
2003年12月18日(二)
樊得瑞は自分が調理場にいる太った四川の女の子を愛するようになるとは思ってもいなかった。実は彼女が太っているのは彼と対称をなしている。その当時の樊得瑞は色黒でびっくりするほど痩せていた。しかしやせ細っているのと悲惨な境遇はかえってこの青年の若さと輝きを際立たせていた。その女の子の名前は張敏。肌は四川女性特有の透き通るような白さで、眉毛は薄く、目は細く、教養は低かったが、彼女は日記にこう書いていた。“彼の瞳は暗くそして熱かった。”
なんとはなしにこの文を見てしまって、樊得瑞は張敏がほんとうに彼を愛しているのだと確信するにいたった。自分ではそのときの狼狽したような様子を思い出したくないと思っていた。勤めている工場は私企業で、休みがなく、樊得瑞の当時の給料はたったの420元。アルバイトのお姉ちゃんとあまり変わらないぐらいだった。これらすべてのことで彼は自分自身を卑下していたが、“彼の瞳は暗くそして熱かった。”と日記に書いてくれている女の子がいたのだ。
彼らが知り合ったのは工場の裏の使わなくなったバスケットコートのコンクリートの上だった。初夏の夕方は蒸し暑く、そこは蚊がたくさんいた。そしてトンボが群れ飛んでいた。―――シンセンのトンボはほんとうに多い。しかし人口は少ない。ある日気分がすぐれず、太陽も息も絶え絶えにぼんやりと絶望的に照っていた―――ひとり抱いていた果たせぬ思いのようにゆっくりと沈んでいくころ、樊得瑞はその女の子張敏に会った。蒸し暑いですね。2人は話し始めた。まわりのトンボたちは飛び交うばかりだった……樊得瑞が覚えているのはたったこれだけだった。その後1ヶ月ほどしてから、樊得瑞自身もわけがわからぬまま、ある日曜日、ある友達が出ていったアパートの部屋の中で、あんなにすんなりと張敏を押し倒してしまった。すべては慌てふためいたように、混乱のうちに、すばやく行われた。終わった後のことしか樊得瑞には思い出せなかった。しかし、その日、張敏はやさしい気持ちで目を閉じていた。
それは混乱した偶然の変わった形の愛であった。少なくとも当時の樊得瑞にはそう思えた。―――窓の外はまるで一晩中こわれかけのビデオで≪同居時代≫を観ているような情景だった。彼の前途は暗澹たるものになってしまった。樊得瑞は毎朝、太陽の下で張敏のきりっとした表情を見るたび、胃が縮みあがった。彼女にはとても冷たい態度をとっていた。口数も少なく、注意を向けることもなかった。ただ、彼女が彼の卒業証書を神聖なものを拝むようにひっくり返しては眺めているのを横目でチラッと見ていたことがあったぐらいだった。男は最悪のときには愛のことなどは考えない。多くの場合、男は愛を成功したときの飾りぐらいにしか思っていない。苦しいときの自分に対する絶望を救ってくれるものとは思っていないのだ。
ただ夜の暗闇が訪れると、彼らの呼吸が自然と合ってくる。暗くなって、光がなくなると、あのやわらかく、暖かいような冷たいような、弾力に富んだ身体の上でだけ、樊得瑞は彼女のことを女性だと感じる。なぜだかわからないが、お互いの目も見えない夜になって、張敏が樊得瑞の心の中に寄り添う大きな思いとなるときだけ、彼は彼女のために涙を流すのであった。
written by 小刀銀
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樊得瑞は自分が調理場にいる太った四川の女の子を愛するようになるとは思ってもいなかった。実は彼女が太っているのは彼と対称をなしている。その当時の樊得瑞は色黒でびっくりするほど痩せていた。しかしやせ細っているのと悲惨な境遇はかえってこの青年の若さと輝きを際立たせていた。その女の子の名前は張敏。肌は四川女性特有の透き通るような白さで、眉毛は薄く、目は細く、教養は低かったが、彼女は日記にこう書いていた。“彼の瞳は暗くそして熱かった。”
なんとはなしにこの文を見てしまって、樊得瑞は張敏がほんとうに彼を愛しているのだと確信するにいたった。自分ではそのときの狼狽したような様子を思い出したくないと思っていた。勤めている工場は私企業で、休みがなく、樊得瑞の当時の給料はたったの420元。アルバイトのお姉ちゃんとあまり変わらないぐらいだった。これらすべてのことで彼は自分自身を卑下していたが、“彼の瞳は暗くそして熱かった。”と日記に書いてくれている女の子がいたのだ。
彼らが知り合ったのは工場の裏の使わなくなったバスケットコートのコンクリートの上だった。初夏の夕方は蒸し暑く、そこは蚊がたくさんいた。そしてトンボが群れ飛んでいた。―――シンセンのトンボはほんとうに多い。しかし人口は少ない。ある日気分がすぐれず、太陽も息も絶え絶えにぼんやりと絶望的に照っていた―――ひとり抱いていた果たせぬ思いのようにゆっくりと沈んでいくころ、樊得瑞はその女の子張敏に会った。蒸し暑いですね。2人は話し始めた。まわりのトンボたちは飛び交うばかりだった……樊得瑞が覚えているのはたったこれだけだった。その後1ヶ月ほどしてから、樊得瑞自身もわけがわからぬまま、ある日曜日、ある友達が出ていったアパートの部屋の中で、あんなにすんなりと張敏を押し倒してしまった。すべては慌てふためいたように、混乱のうちに、すばやく行われた。終わった後のことしか樊得瑞には思い出せなかった。しかし、その日、張敏はやさしい気持ちで目を閉じていた。
それは混乱した偶然の変わった形の愛であった。少なくとも当時の樊得瑞にはそう思えた。―――窓の外はまるで一晩中こわれかけのビデオで≪同居時代≫を観ているような情景だった。彼の前途は暗澹たるものになってしまった。樊得瑞は毎朝、太陽の下で張敏のきりっとした表情を見るたび、胃が縮みあがった。彼女にはとても冷たい態度をとっていた。口数も少なく、注意を向けることもなかった。ただ、彼女が彼の卒業証書を神聖なものを拝むようにひっくり返しては眺めているのを横目でチラッと見ていたことがあったぐらいだった。男は最悪のときには愛のことなどは考えない。多くの場合、男は愛を成功したときの飾りぐらいにしか思っていない。苦しいときの自分に対する絶望を救ってくれるものとは思っていないのだ。
ただ夜の暗闇が訪れると、彼らの呼吸が自然と合ってくる。暗くなって、光がなくなると、あのやわらかく、暖かいような冷たいような、弾力に富んだ身体の上でだけ、樊得瑞は彼女のことを女性だと感じる。なぜだかわからないが、お互いの目も見えない夜になって、張敏が樊得瑞の心の中に寄り添う大きな思いとなるときだけ、彼は彼女のために涙を流すのであった。
written by 小刀銀
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≪結ばれぬ空【1】≫
2003年12月17日(一)
彼はこの恋愛が美しいものではないことを知っていた。
そのころ彼はシンセンに来たばかりで、貧乏だった。シンセンはなんでもかんでもひどく値打ちが下がってしまうところだ。彼は安徽省の学校を卒業したとき、手にした卒業証書の重みをまだずっしりとそして厳粛に感じていた。しかし南中国の太陽のせいでこの卒業証書のために流した10数年間の汗水は干上がってしまうようで、ゆらゆらと今までの苦労を思い出しては、それはまるで人生と呼べる代物ではないように感じていた。なぜ有名学校を出なかったのか、と後悔した。薄っぺらの履歴書を持って仕事探しに行く途中、道路には陽炎がたち、太陽は目を刺すようだった。彼は自分自身も薄っぺらの紙切れのように感じていた。―――彼自身も労働者カードにプレスされ、初めの工場に放り込まれたのだ。それは小さな工場で、電気釜のテフロン加工をしていた。彼はライン従事の技術屋だった。
彼の名前は樊得瑞、彼がこれから話すすべては1993年に起こったことだ。現在彼はもうシンセンの小型家電製品の輸出入をする貿易会社経営の前途洋々たる私企業の社長である。彼は言う。「すべての無念さは汗と努力ではらすことができる。」―――そのあと彼の目の奥にはさらに深い色が浮かんだ。―――「ただひとつだけ。。。」彼は知っている。この恋愛が美しいものではないことを。
written by 小刀銀
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2003102808543448
彼はこの恋愛が美しいものではないことを知っていた。
そのころ彼はシンセンに来たばかりで、貧乏だった。シンセンはなんでもかんでもひどく値打ちが下がってしまうところだ。彼は安徽省の学校を卒業したとき、手にした卒業証書の重みをまだずっしりとそして厳粛に感じていた。しかし南中国の太陽のせいでこの卒業証書のために流した10数年間の汗水は干上がってしまうようで、ゆらゆらと今までの苦労を思い出しては、それはまるで人生と呼べる代物ではないように感じていた。なぜ有名学校を出なかったのか、と後悔した。薄っぺらの履歴書を持って仕事探しに行く途中、道路には陽炎がたち、太陽は目を刺すようだった。彼は自分自身も薄っぺらの紙切れのように感じていた。―――彼自身も労働者カードにプレスされ、初めの工場に放り込まれたのだ。それは小さな工場で、電気釜のテフロン加工をしていた。彼はライン従事の技術屋だった。
彼の名前は樊得瑞、彼がこれから話すすべては1993年に起こったことだ。現在彼はもうシンセンの小型家電製品の輸出入をする貿易会社経営の前途洋々たる私企業の社長である。彼は言う。「すべての無念さは汗と努力ではらすことができる。」―――そのあと彼の目の奥にはさらに深い色が浮かんだ。―――「ただひとつだけ。。。」彼は知っている。この恋愛が美しいものではないことを。
written by 小刀銀
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≪復讐の剣【最終回】≫
2003年12月16日 李玉函は杜天舒を見つめた。彼女の顔にはわずかに色気さえ漂っていた。「なぜだ、お前の身にほんとうに死が訪れたが、私はお前に死んでほしくない。私が先に死んだほうがましだ。たとえお前が私をあざむいたとしても。」
杜天舒は涙で顔をグシャグシャにしていた。「私はお前をあざむいたことなどないぞ。お前を待って、私は今でも結婚していないのだ。」
李玉函は力をふりしぼって言った。「あなたはほんとうにバカね。」彼女は茫然と立ち尽くす私を見て言った。「実は杜天舒はお前のお父さんなの。実の父親なの。ごめんなさい。教えてあげられなくて。」
雷光が光るように、落霞山村の上空が砕け散った。私は大声で叫んだ。「李玉函、あなたは私をだましたのか。だましたのか。」私の手の剣はアオギリの老木に向かって放たれた。ゴン。アオギリは音を立てて地に倒れた。秋の霜にさらされたキリの葉は真っ赤で、血のようだった。杜天舒の身に降り注ぎ、李玉函の身に降り注ぎ、私の身に降り注いだ。私は力をこめて身体の上の落葉を振り払った。不思議なことに、乾いた目の中が少し濡れてきた。涙か?私は叫んだ。
「李玉函。あなたは死んだ。私は今度は誰を殺せばよいのだ?」
written by 馨香
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2003111718221844
杜天舒は涙で顔をグシャグシャにしていた。「私はお前をあざむいたことなどないぞ。お前を待って、私は今でも結婚していないのだ。」
李玉函は力をふりしぼって言った。「あなたはほんとうにバカね。」彼女は茫然と立ち尽くす私を見て言った。「実は杜天舒はお前のお父さんなの。実の父親なの。ごめんなさい。教えてあげられなくて。」
雷光が光るように、落霞山村の上空が砕け散った。私は大声で叫んだ。「李玉函、あなたは私をだましたのか。だましたのか。」私の手の剣はアオギリの老木に向かって放たれた。ゴン。アオギリは音を立てて地に倒れた。秋の霜にさらされたキリの葉は真っ赤で、血のようだった。杜天舒の身に降り注ぎ、李玉函の身に降り注ぎ、私の身に降り注いだ。私は力をこめて身体の上の落葉を振り払った。不思議なことに、乾いた目の中が少し濡れてきた。涙か?私は叫んだ。
「李玉函。あなたは死んだ。私は今度は誰を殺せばよいのだ?」
written by 馨香
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2003111718221844
≪復讐の剣【7】≫
2003年12月15日「杜天舒、私を覚えているかい?」李玉函の声は氷のようだった。
「お前か?玉函。どうして忘れることがあろうか?」杜天舒の顔に驚きと喜びの色が走った。「この10数年、お前はどこにいたのだ?しんどいめをして探したのだぞ。」
「もしあなたの心にまだ私がいるなら、なぜあのとき、あなたの母親が私たちの結婚に反対したとき、あなたは彼女の味方をしたんだ。」
「お前も知っているとおり、お前の師匠は極道だった。そして我々は名門の正統派だ。私は先に承諾しておいて、その後母親に説明するつもりだったのだ。でも、思ってもみなかったことに……。」
「思ってもみなかったことに、私に聞かれてしまった。」李玉函は冷たく笑った。まさに壁に耳あり障子に目ありである。私は彼女の顔が興奮で震えているのがわかった。彼女は私を見た。「何を待っているんだ?仇は目の前にいるじゃないか。殺せ。杜天舒を。」
written by 馨香
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2003111718221844
「お前か?玉函。どうして忘れることがあろうか?」杜天舒の顔に驚きと喜びの色が走った。「この10数年、お前はどこにいたのだ?しんどいめをして探したのだぞ。」
「もしあなたの心にまだ私がいるなら、なぜあのとき、あなたの母親が私たちの結婚に反対したとき、あなたは彼女の味方をしたんだ。」
「お前も知っているとおり、お前の師匠は極道だった。そして我々は名門の正統派だ。私は先に承諾しておいて、その後母親に説明するつもりだったのだ。でも、思ってもみなかったことに……。」
「思ってもみなかったことに、私に聞かれてしまった。」李玉函は冷たく笑った。まさに壁に耳あり障子に目ありである。私は彼女の顔が興奮で震えているのがわかった。彼女は私を見た。「何を待っているんだ?仇は目の前にいるじゃないか。殺せ。杜天舒を。」
written by 馨香
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2003111718221844
≪復讐の剣【6】≫
2003年12月14日 落霞山村は目の前だった。
遠くから眺めると、思ったとおり非凡な雰囲気があった。周りの山々に取り囲まれて、王者の風格さえ漂わせていた。とりわけ村の門前のアオギリの老木は大空に向かって聳え立って、山村に一種豪快な雰囲気を添えていた。
秋風がヒューヒューと吹いていた。李玉函の目にはひとすじの感動が浮かんでいた。私はしっかりと剣を握った。私は知っていた。決戦のときがまもなくやって来るのだと。周りには殺気が満ち溢れていたからだ。
言葉もなく、あいさつもなく、あるのはただ果てしない殺気だけだった。門のところで立ちはだかった2人の門番は一瞬のうちに私の剣に切って落とされた。死ぬ間際、彼らは自分たちがどうやって殺されたのかわからず、目を見開いて私を見つめていた。死ぬ段になっても、この少年がこんなにすばやい剣使いであると認めたくないようであった。
山村の大門はとうとう開いた。一団の家来たちが出てきた後、電光のような目つきのこめかみのふくれた中年の男が出てきた。一目、かなりの使い手だとわかった。
written by 馨香
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2003111718221844
遠くから眺めると、思ったとおり非凡な雰囲気があった。周りの山々に取り囲まれて、王者の風格さえ漂わせていた。とりわけ村の門前のアオギリの老木は大空に向かって聳え立って、山村に一種豪快な雰囲気を添えていた。
秋風がヒューヒューと吹いていた。李玉函の目にはひとすじの感動が浮かんでいた。私はしっかりと剣を握った。私は知っていた。決戦のときがまもなくやって来るのだと。周りには殺気が満ち溢れていたからだ。
言葉もなく、あいさつもなく、あるのはただ果てしない殺気だけだった。門のところで立ちはだかった2人の門番は一瞬のうちに私の剣に切って落とされた。死ぬ間際、彼らは自分たちがどうやって殺されたのかわからず、目を見開いて私を見つめていた。死ぬ段になっても、この少年がこんなにすばやい剣使いであると認めたくないようであった。
山村の大門はとうとう開いた。一団の家来たちが出てきた後、電光のような目つきのこめかみのふくれた中年の男が出てきた。一目、かなりの使い手だとわかった。
written by 馨香
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2003111718221844
≪復讐の剣【5】≫
2003年12月13日 およそ1ヶ月後、世間で噂が盛んに広まった。崑崙流の老師が彼の独門術で寝込みを襲われて死んだ、とか、唐門の親分が彼の絶殺暗器で梁に釘付けにされた、とか。最も悲惨だったのは華山流の岳大侠だった。彼は頭を自分の君子剣で真っ二つにされた、と。他にもたくさんあった。世の中の人々は不安でビクビクしていた。なぜなら今でもまだその原因がわからないのだから。
これは私の傑作だった。私の剣が崑崙流の老師ののど元に突き刺さったとき、私は彼のモゴモゴとした声を聞いた。この世に生まれてひとつだけバカなことをした、と。私は彼の血を一身に浴びた。私は少し慌てた。しかし、それは最初だけで、その後は落ち着いたものだった。そして、できるだけ返り血を浴びないようにした。李玉函が私に、彼らの血は汚い、と言っていたからだ。
その年、私は16歳になった。
written by 馨香
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2003111718221844
これは私の傑作だった。私の剣が崑崙流の老師ののど元に突き刺さったとき、私は彼のモゴモゴとした声を聞いた。この世に生まれてひとつだけバカなことをした、と。私は彼の血を一身に浴びた。私は少し慌てた。しかし、それは最初だけで、その後は落ち着いたものだった。そして、できるだけ返り血を浴びないようにした。李玉函が私に、彼らの血は汚い、と言っていたからだ。
その年、私は16歳になった。
written by 馨香
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2003111718221844
≪復讐の剣【4】≫
2003年12月12日≪復讐の剣【4】≫
at 2003 12/02 22:15 編集
最後の流派は華山流だった。華山流の君子剣は見えない動きで人を殺すというものだ。
華山流の当主は岳大侠で、当代きっての君子だった。李玉函が来意を説明したが、岳大侠の答えは全くちぐはぐだった。ただ昔を思い出して、若いころは李玉函は彼のあこがれだった。まだ当時の面影は残っている。などと答えていた。
李玉函は言った。「わたくしなどすでに盛りを過ぎた花、もし岳親分がお嫌でなければ、摘んでいただいてもかまいませんのよ。」
岳大侠はその場で私を教え始めた。
ある日、李玉函は言った。「もう山を降りて10数年。お前の武術の修練はいったいどれくらい進んだのか?」彼女は私に1枚の紙を渡した。紙には名前がいっぱい書いてあった。彼女は「杜天舒を殺すとき、まずこの名簿にある人間を殺すのです。もしお前が彼らの手にかかって死んだら、おまえの武術は本物ではないということです。杜天舒のところへ行っても死ぬということなのです。もしお前が彼らをすべてかたづけて、まだ死んでいなかったら、戻ってきなさい。私はここでお前をずっと待っています。」と言った。
written by 馨香
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2003111718221844
at 2003 12/02 22:15 編集
最後の流派は華山流だった。華山流の君子剣は見えない動きで人を殺すというものだ。
華山流の当主は岳大侠で、当代きっての君子だった。李玉函が来意を説明したが、岳大侠の答えは全くちぐはぐだった。ただ昔を思い出して、若いころは李玉函は彼のあこがれだった。まだ当時の面影は残っている。などと答えていた。
李玉函は言った。「わたくしなどすでに盛りを過ぎた花、もし岳親分がお嫌でなければ、摘んでいただいてもかまいませんのよ。」
岳大侠はその場で私を教え始めた。
ある日、李玉函は言った。「もう山を降りて10数年。お前の武術の修練はいったいどれくらい進んだのか?」彼女は私に1枚の紙を渡した。紙には名前がいっぱい書いてあった。彼女は「杜天舒を殺すとき、まずこの名簿にある人間を殺すのです。もしお前が彼らの手にかかって死んだら、おまえの武術は本物ではないということです。杜天舒のところへ行っても死ぬということなのです。もしお前が彼らをすべてかたづけて、まだ死んでいなかったら、戻ってきなさい。私はここでお前をずっと待っています。」と言った。
written by 馨香
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2003111718221844
≪復讐の剣【3】≫
2003年12月11日 李玉函は言い始めたと思うとすぐに出発した。彼女は崑崙山というところに私を連れて行き、白髪頭の老師に引きあわせた。
私は李玉函が老師に私に崑崙流の独弧九式を教えてくれるよう哀願しているのをところどころ聞いていた。老師は言った。「10年も会わなかった当世一の美女李玉函が未だに天女のように美しいとは思わなかった。」と。
李玉函は言った。「もしあなたがほしいとおっしゃるなら、あなたにさしあげましょう。あなたが彼に武術を教えてくれさえすれば。」私は白髪頭の老師が李玉函の胸元に手を伸ばすのを見た。
1年後、李玉函はまた私を連れて四川唐門にやって来た。そこは有名な闇の流派の家元で、現在の当主はひどく下品な中年男で、頭は少し禿げていた。私は一目見たが、それ以上は見たいとは思わなかった。彼は李玉函ばかり見て、よだれまで流していた。彼は李玉函の来意を聞くと、笑いながら尋ねた。「オレがおまえの要求を飲んだら、どんなお礼があるんだ?」李玉函は歯噛みしながら言った。「唐親分のお好きなように。」そのとき、私は李玉函の目にキラキラ光るものを見た。涙だったのだろうか?
唐親分はへへへと笑った。
written by 馨香
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2003111718221844
私は李玉函が老師に私に崑崙流の独弧九式を教えてくれるよう哀願しているのをところどころ聞いていた。老師は言った。「10年も会わなかった当世一の美女李玉函が未だに天女のように美しいとは思わなかった。」と。
李玉函は言った。「もしあなたがほしいとおっしゃるなら、あなたにさしあげましょう。あなたが彼に武術を教えてくれさえすれば。」私は白髪頭の老師が李玉函の胸元に手を伸ばすのを見た。
1年後、李玉函はまた私を連れて四川唐門にやって来た。そこは有名な闇の流派の家元で、現在の当主はひどく下品な中年男で、頭は少し禿げていた。私は一目見たが、それ以上は見たいとは思わなかった。彼は李玉函ばかり見て、よだれまで流していた。彼は李玉函の来意を聞くと、笑いながら尋ねた。「オレがおまえの要求を飲んだら、どんなお礼があるんだ?」李玉函は歯噛みしながら言った。「唐親分のお好きなように。」そのとき、私は李玉函の目にキラキラ光るものを見た。涙だったのだろうか?
唐親分はへへへと笑った。
written by 馨香
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≪復讐の剣【2】≫
2003年12月10日 李玉函は私の母だ。彼女は私に「おかあさん」と呼ぶことを許さなかった。だから私が李玉函と呼んでいるのは、おかあさんを呼んでいるのと同じことなのだ。
李玉函はこのように私に接したが、私は不思議には思わなかった。彼女は私を当世一の武術の名手に育てるつもりだった。こういうふうにしなければ、杜天舒を殺すこともできない。杜天舒は武林の盟主だ。彼の武術は計り知れないほど深い。どれだけの名手が挑んでも、生きて帰ってくる者はいなかった。それで、世間では杜天舒の落霞山村の空には殺気が満ち溢れている、という噂が広まっていた。李玉函は言った。「彼は私の青春を奪っただけでなく、お前の父親も奪い取ったんだよ。この恨み晴らさずにおくものか。」だから私たちが住んでいる后山にはワラ人形があって、杜天舒という名前をつけていた。私は毎朝起きると剣で300回あまり突き刺す。今では誰かがこの名前を出すだけで私は手の剣を自然と抜くまでになっていた。
李玉函は言った。「私たちは彼を殺すために生きているのだ。」と。
written by 馨香
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2003111718221844
李玉函はこのように私に接したが、私は不思議には思わなかった。彼女は私を当世一の武術の名手に育てるつもりだった。こういうふうにしなければ、杜天舒を殺すこともできない。杜天舒は武林の盟主だ。彼の武術は計り知れないほど深い。どれだけの名手が挑んでも、生きて帰ってくる者はいなかった。それで、世間では杜天舒の落霞山村の空には殺気が満ち溢れている、という噂が広まっていた。李玉函は言った。「彼は私の青春を奪っただけでなく、お前の父親も奪い取ったんだよ。この恨み晴らさずにおくものか。」だから私たちが住んでいる后山にはワラ人形があって、杜天舒という名前をつけていた。私は毎朝起きると剣で300回あまり突き刺す。今では誰かがこの名前を出すだけで私は手の剣を自然と抜くまでになっていた。
李玉函は言った。「私たちは彼を殺すために生きているのだ。」と。
written by 馨香
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≪復讐の剣【1】≫
2003年12月9日 私は物心ついたころから、靴をはいたことがない。岩の上で足が凍えてどうしようもなくなると、私は「李玉函。」と叫んだ。彼女は声さえ出さずに、ただ冷たく私を眺めていた。私が着ているのは一枚の単衣だけで、それ以外は山の寒風をさえぎるものがないとき、私は叫んだ。「李玉函!」彼女はまだ声も出さず、手に持った鞭で私をたたいて林の中を飛び回らせた。私がお椀の粥をすすっているとき、私は叫んだ。「李玉函、腹が減った。」彼女は聞こえないフリをした。それで、私は山の中でウサギやリスを追い掛け回すしかなかった。
私は涙を流したことはない。初めて泣いて、彼女の同情をひけなかったときからは。反対に彼女に鞭で打たれて、涙とは無縁となったのだ。
written by 馨香
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私は涙を流したことはない。初めて泣いて、彼女の同情をひけなかったときからは。反対に彼女に鞭で打たれて、涙とは無縁となったのだ。
written by 馨香
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≪愛、、、その後【最終回】≫
2003年12月8日 すべてが終わって、私は大きな石の上に腰掛け、遠くを眺め、すわって雲がわき起こるのを見ていた。耳元にかすかに信寧の声が聞こえた。「阿雁、僕はまだ君を愛しているよ……。」信寧、あのときは間に合わなくてあなたに愛している、と言えなかった。今はもういうチャンスがなくなってしまった―――愛している、と。
私は立ちあがって、口元に両手を当てて、遠くにかすんだ山に向かって大声で叫んだ。:信寧、愛してるよ―――
遠くの山からこだまが帰ってきた。愛してるよ―――……してるよ……るよ……
しばらくすると、ぼんやりと浮かんだ三日月が昇った。鳥の群れが飛び交っているのも見えなくなり、ぽつんと雲が浮かんでいる。ただあるのは山と月だけ。飽きもせずに見つめ合っている。私は思った。この山と月は、きっと愛し合っているのだと。この山、この月、昔から今に至るまで長い間お互いを守りあって、見つめ合っている、飽きもせずに。飽きもせずに見つめ合うって、愛の最高の境地ではないの?私たちはそれとはちがい、愛し合っていたけど、いつも傷つけあっていた。
阿霧、あなたはまだ彼を愛していると言った。信寧、あなたはまだ私を愛していると言った。私もまだあなたを愛しています。でも、守り合うこともできず、大切にし合うこともできず、愛っていったい何?愛っていったい?!
written by 草戒指
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2003103115192774
私は立ちあがって、口元に両手を当てて、遠くにかすんだ山に向かって大声で叫んだ。:信寧、愛してるよ―――
遠くの山からこだまが帰ってきた。愛してるよ―――……してるよ……るよ……
しばらくすると、ぼんやりと浮かんだ三日月が昇った。鳥の群れが飛び交っているのも見えなくなり、ぽつんと雲が浮かんでいる。ただあるのは山と月だけ。飽きもせずに見つめ合っている。私は思った。この山と月は、きっと愛し合っているのだと。この山、この月、昔から今に至るまで長い間お互いを守りあって、見つめ合っている、飽きもせずに。飽きもせずに見つめ合うって、愛の最高の境地ではないの?私たちはそれとはちがい、愛し合っていたけど、いつも傷つけあっていた。
阿霧、あなたはまだ彼を愛していると言った。信寧、あなたはまだ私を愛していると言った。私もまだあなたを愛しています。でも、守り合うこともできず、大切にし合うこともできず、愛っていったい何?愛っていったい?!
written by 草戒指
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≪愛、、、その後【4−2】≫
2003年12月7日 1週間後、私は阿霧の遺骨を背負って彼女の故郷に来ていた。阿霧は生前いちばん好きだったのはダイエットだった。でも今は数十グラムしかなくなってしまった。彼女の願いがかなったと言えるのだろうか?塵の中に生まれ、塵の中に帰る。こう言う意味なのだろうか?
その山は最高峰が1391m。私は朝から登り始めた。ずっとガタガタ道で、岩を登り沢を渡りして、夕方ごろ頂上に到達したころには、顔や身体がほこりまみれになっていた。
天池は霧に覆われ、水面は澄んで鏡のようだった。阿霧が以前言っていたが、ここは、西王母の沐浴の地と伝えられているそうだ。私は岸辺まで降りていって、顔や足を洗い、ほこりを洗い落とした。洗ったように真っ青な空と、湖面いっぱいに照らされた夕日を見ながら。草は緑、霞は錦のようだった。私は突然ハッと気づいた。なぜ阿霧がこの場所を最後の場所に選んだのかが、わかった。
池のほとりには松の木が1本。その根元に私は深い穴をほった。そして阿霧を葬った。阿霧、ここは天国に近いんだね。あなたは天国にいて、天国は私の中にある。だからあなたは、永遠に私の心の中で生き続けるのよ。
written by 草戒指
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その山は最高峰が1391m。私は朝から登り始めた。ずっとガタガタ道で、岩を登り沢を渡りして、夕方ごろ頂上に到達したころには、顔や身体がほこりまみれになっていた。
天池は霧に覆われ、水面は澄んで鏡のようだった。阿霧が以前言っていたが、ここは、西王母の沐浴の地と伝えられているそうだ。私は岸辺まで降りていって、顔や足を洗い、ほこりを洗い落とした。洗ったように真っ青な空と、湖面いっぱいに照らされた夕日を見ながら。草は緑、霞は錦のようだった。私は突然ハッと気づいた。なぜ阿霧がこの場所を最後の場所に選んだのかが、わかった。
池のほとりには松の木が1本。その根元に私は深い穴をほった。そして阿霧を葬った。阿霧、ここは天国に近いんだね。あなたは天国にいて、天国は私の中にある。だからあなたは、永遠に私の心の中で生き続けるのよ。
written by 草戒指
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≪愛、、、その後【4−1】≫
2003年12月6日 阿霧は死んだ。私がひとりにしてくれと言ったあの晩のことだった。夜中にカッターで静脈を切ったのだ。
私が駆けつけたときには、彼女はもうやっと息をしている状態だった。彼女の顔は血の気がなく、両目は見開いて、私の手をしっかり握った。「阿雁、こんなことするなんてバカなことだとわかっているけど。でも、毎日発狂するほど彼のことを思っていたの。私はまだ彼のことを愛している……もう彼が戻ってきてくれることなんてありえないということはわかっているの。私は彼が憎い!復讐したいの。他に方法がなかったのよ。自分の命でしかできなかったの。彼に一生後悔させてやるのよ!」
最後に彼女は言った。「私の骨は故郷の山の上の天池に播いてちょうだいね……他の人たちには知らせないでね。人には言えないほどひどい人生だったから。両親に伝えてね。ごめんなさいって。今度生まれてきたら、今度生まれてきたら―――」彼女の頭が傾いた。声はだんだんと小さくなっていった。
私は彼女の頭をまっすぐにしてやると、小声で言った。「わかっているわ……阿霧、眠りなさい。」彼女の顔をそっとなでて、目を閉じさせた。彼女は安らかに眠るように逝った。
私はポカンと彼女を眺めていた。私は阿霧を殺した間接的な犯人だった。ここまで思い至ると、私の心の中の一角が崩れた。阿霧の名前が、谷間にこだまするように心の中では響き渡っていた。しかしひとことも言葉は出なかった。涙も一滴も流れなかった。
愛は元来人を傷つけるものだ。そして、もっとも致命的な傷になるのだ。
written by 草戒指
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私が駆けつけたときには、彼女はもうやっと息をしている状態だった。彼女の顔は血の気がなく、両目は見開いて、私の手をしっかり握った。「阿雁、こんなことするなんてバカなことだとわかっているけど。でも、毎日発狂するほど彼のことを思っていたの。私はまだ彼のことを愛している……もう彼が戻ってきてくれることなんてありえないということはわかっているの。私は彼が憎い!復讐したいの。他に方法がなかったのよ。自分の命でしかできなかったの。彼に一生後悔させてやるのよ!」
最後に彼女は言った。「私の骨は故郷の山の上の天池に播いてちょうだいね……他の人たちには知らせないでね。人には言えないほどひどい人生だったから。両親に伝えてね。ごめんなさいって。今度生まれてきたら、今度生まれてきたら―――」彼女の頭が傾いた。声はだんだんと小さくなっていった。
私は彼女の頭をまっすぐにしてやると、小声で言った。「わかっているわ……阿霧、眠りなさい。」彼女の顔をそっとなでて、目を閉じさせた。彼女は安らかに眠るように逝った。
私はポカンと彼女を眺めていた。私は阿霧を殺した間接的な犯人だった。ここまで思い至ると、私の心の中の一角が崩れた。阿霧の名前が、谷間にこだまするように心の中では響き渡っていた。しかしひとことも言葉は出なかった。涙も一滴も流れなかった。
愛は元来人を傷つけるものだ。そして、もっとも致命的な傷になるのだ。
written by 草戒指
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≪愛、、、その後【3−4】≫
2003年12月5日 もともと私と信寧の未来は長い長い省略記号のようなものだと思っていた。そして今やっと、この省略記号は丸く閉じて句点(。)となったのだ。この丸は私にとっては幸福を意味するわけではないけれど。これまで何年も、ずっと、網を編んできた。網は私自身を捕らえて逃げられないようにしたけれど、愛は逃がしてしまった。
私は手紙を閉じると、阿霧に言った。「阿霧、私を一晩、静かにひとりにさせておいてね。いいでしょ?」
阿霧はうなずいて、だまって出ていった。
部屋の中は静寂に包まれた。自分の呼吸が聞こえた。自分が生きているはっきりした証拠だった。私は窓辺に立った。月の光が流れる水のように、夢の始まりのように美しく静かに輝いていた。私はゆっくりと窓を開けた。この瞬間すべての悲しみが消え去った。
written by 草戒指
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私は手紙を閉じると、阿霧に言った。「阿霧、私を一晩、静かにひとりにさせておいてね。いいでしょ?」
阿霧はうなずいて、だまって出ていった。
部屋の中は静寂に包まれた。自分の呼吸が聞こえた。自分が生きているはっきりした証拠だった。私は窓辺に立った。月の光が流れる水のように、夢の始まりのように美しく静かに輝いていた。私はゆっくりと窓を開けた。この瞬間すべての悲しみが消え去った。
written by 草戒指
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≪愛、、、その後【3−3】≫
2003年12月4日……………………………………………………………
阿雁へ:
神様が僕たちを今回再会させたのかどうかはわからないけど、僕にとっては恵みだったのか、それとも罰だったのか。僕は以前から、すべてはもう過ぎ去ったこととして、だんだんと君を忘れ、心の重荷を卸して、自分の幸せに向かっていくはずだった。でも昨日の夜君に会ってから、自分が冷静ではなくなっているのに気づいた。帰ってからもまだ心は千々に乱れていた。そう、阿雁、僕はまだ君を愛していたんだ。
僕はあの別れの日の情景をずっと覚えている。僕たちは雨の中で寄り添っていた。僕は世界で君だけが僕の運命の人だと感じていた。心の中では「阿雁、もし今君が、僕といっしょに行ってくれると言ってくれたら、そしたら、僕は精一杯頑張って君を幸せにしてあげるよ。そして楽しい生活をさせてあげるよ。」と思っていたんだ。でも、君はとうとう黙ったままだった。もしかしたら君は僕に失望してしまっていたのかもしれないね。
あのころ、君はいつも僕の気持ちを信用しなかった。いつも疑っていた。昔は僕は若すぎて、フラフラしていたし、臆病で、いじけていた。だから君に将来を約束してあげることなんてできなかった。あの日、タクシーに乗りこんで、ドアが閉まったとき、僕は「阿雁、愛しているよ……。」と言っていたんだ。聞こえたかどうかはわからないけれど。
僕が君に手紙を書いてこのことを伝えたかったのは、君に最後のそしてもうこれっきりのお別れを言わなければならないとわかっているからです。もう君にまた会ってそして別れるというようなことはできません。僕は彼女に将来を約束しました。彼女はいい子でここ数年来、どんなにつらくても、僕といっしょにいろんなところに行ってくれたし、一生懸命尽くしてくれた。だから僕は彼女のためにいい夫になるつもりです。
阿雁、もし神様が僕たちを一生結び合うつもりがないのなら、僕はもうこれで会わないことにしたいと思っています。
信寧より
…………………………………………………………
written by 草戒指
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阿雁へ:
神様が僕たちを今回再会させたのかどうかはわからないけど、僕にとっては恵みだったのか、それとも罰だったのか。僕は以前から、すべてはもう過ぎ去ったこととして、だんだんと君を忘れ、心の重荷を卸して、自分の幸せに向かっていくはずだった。でも昨日の夜君に会ってから、自分が冷静ではなくなっているのに気づいた。帰ってからもまだ心は千々に乱れていた。そう、阿雁、僕はまだ君を愛していたんだ。
僕はあの別れの日の情景をずっと覚えている。僕たちは雨の中で寄り添っていた。僕は世界で君だけが僕の運命の人だと感じていた。心の中では「阿雁、もし今君が、僕といっしょに行ってくれると言ってくれたら、そしたら、僕は精一杯頑張って君を幸せにしてあげるよ。そして楽しい生活をさせてあげるよ。」と思っていたんだ。でも、君はとうとう黙ったままだった。もしかしたら君は僕に失望してしまっていたのかもしれないね。
あのころ、君はいつも僕の気持ちを信用しなかった。いつも疑っていた。昔は僕は若すぎて、フラフラしていたし、臆病で、いじけていた。だから君に将来を約束してあげることなんてできなかった。あの日、タクシーに乗りこんで、ドアが閉まったとき、僕は「阿雁、愛しているよ……。」と言っていたんだ。聞こえたかどうかはわからないけれど。
僕が君に手紙を書いてこのことを伝えたかったのは、君に最後のそしてもうこれっきりのお別れを言わなければならないとわかっているからです。もう君にまた会ってそして別れるというようなことはできません。僕は彼女に将来を約束しました。彼女はいい子でここ数年来、どんなにつらくても、僕といっしょにいろんなところに行ってくれたし、一生懸命尽くしてくれた。だから僕は彼女のためにいい夫になるつもりです。
阿雁、もし神様が僕たちを一生結び合うつもりがないのなら、僕はもうこれで会わないことにしたいと思っています。
信寧より
…………………………………………………………
written by 草戒指
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≪愛、、、その後【3−2】≫
2003年12月3日 阿霧は私の机のそばに来て、机の上の緑のツタを見た。「なんてみずみずしい緑色なんでしょう。」
「あの日フェンスの外でね、子供が摘んでるのを見たの。そして、落っことしていったんで、ついでに拾って帰って、瓶に差しておいたのよ。だけどこんなに長持ちするなんてねぇ。」
「私たちって、私たちの愛ってこんな植物みたいに、昔の傷も消しさってしまって、生き直すことができるのかしら。」阿霧の涙がひとすじ流れた。
「阿霧、愛し合った人がすべて最後にいっしょになれるとは限らないの。」私はそう言わざるをえなかった。「まして、あなたは過去には戻ることはできないのよ。」
「阿雁、あなたはもう私を慰めてはくれないの?」阿霧の涙はどっと溢れ出し、私を憎しげに睨んだ。
慰めることぐらいは当然できたのだが、私は心の中で『でも、だれが私をこんな目に遭わせたのよ。私を慰めてくれる人はいるの?』とつぶやいていた。
私は窓の外を見た。雨はもうやんで、一面秋らしい気配が漂っていた。南国の秋は風は涼しく雲は淡い。しかし失恋した人間にとっては、日差しがどんなにさわやかでも気が滅入る。
夜、阿霧は部屋で本を読んでいた。
このときドアのベルが鳴った。私の心臓は一瞬縮み上がった。
阿霧がドアを開けに行った。しばらくすると彼女が戻ってきて、1通の手紙を渡してくれた。「趙明よ。この前バーで知り合ったの。昨日の晩私が会ったのは彼の友達で、信寧って言うんだけど、その彼があなたに手紙を渡してほしいってさ。」
私の心臓はドキドキし始めた。久しぶりの感覚だった。
written by 草戒指
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2003103115192774
「あの日フェンスの外でね、子供が摘んでるのを見たの。そして、落っことしていったんで、ついでに拾って帰って、瓶に差しておいたのよ。だけどこんなに長持ちするなんてねぇ。」
「私たちって、私たちの愛ってこんな植物みたいに、昔の傷も消しさってしまって、生き直すことができるのかしら。」阿霧の涙がひとすじ流れた。
「阿霧、愛し合った人がすべて最後にいっしょになれるとは限らないの。」私はそう言わざるをえなかった。「まして、あなたは過去には戻ることはできないのよ。」
「阿雁、あなたはもう私を慰めてはくれないの?」阿霧の涙はどっと溢れ出し、私を憎しげに睨んだ。
慰めることぐらいは当然できたのだが、私は心の中で『でも、だれが私をこんな目に遭わせたのよ。私を慰めてくれる人はいるの?』とつぶやいていた。
私は窓の外を見た。雨はもうやんで、一面秋らしい気配が漂っていた。南国の秋は風は涼しく雲は淡い。しかし失恋した人間にとっては、日差しがどんなにさわやかでも気が滅入る。
夜、阿霧は部屋で本を読んでいた。
このときドアのベルが鳴った。私の心臓は一瞬縮み上がった。
阿霧がドアを開けに行った。しばらくすると彼女が戻ってきて、1通の手紙を渡してくれた。「趙明よ。この前バーで知り合ったの。昨日の晩私が会ったのは彼の友達で、信寧って言うんだけど、その彼があなたに手紙を渡してほしいってさ。」
私の心臓はドキドキし始めた。久しぶりの感覚だった。
written by 草戒指
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≪愛、、、その後【3−1】≫
2003年12月2日 阿霧は翌日の昼までずっと眠り続けて、やっと目を覚ました。彼女は赤くなった目をこすりながら言った。「ごめんね、阿雁、昨日の晩また飲みすぎちゃった。」
私は無言で原稿を打っていた。
「阿雁……。」阿霧は背中を丸めて床に座り込んだ。「私、自分がこんなにボロボロになるなんて思ってもみなかった……私、もう生きていたくない。ほんと意味がないわ。私は要らない人間なのよ。ひとりの男のためにこんなふうになるなんて。」
「すべてに説明なんてつきはしないわよ。狂ったように人を好きになって、傷つくのは絶対自分なんだからね。きっと前世に彼に借りがあったのよ。」私はため息をつきながら言った。「どれもこれも500年前遊んだツケが回ってきたのよ。今ごろになって全部返せってね。」
「阿雁……あなたあのころ失恋してたけど、どうやって乗り越えたの?」彼女は茫然とした様子で尋ねた。
「心はもうとっくに木っ端微塵よ。拾い集めるのも面倒なくらい。」私は苦笑いしながら言った。「だから、もうこの話はしたくないの。どっちにしても私は煙草も吸えない、お酒を飲んで暴れたりもできない。もともと年寄りくさいの。もっとやつれて、悲惨な状況ってとこね。」
written by 草戒指
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2003103115192774
私は無言で原稿を打っていた。
「阿雁……。」阿霧は背中を丸めて床に座り込んだ。「私、自分がこんなにボロボロになるなんて思ってもみなかった……私、もう生きていたくない。ほんと意味がないわ。私は要らない人間なのよ。ひとりの男のためにこんなふうになるなんて。」
「すべてに説明なんてつきはしないわよ。狂ったように人を好きになって、傷つくのは絶対自分なんだからね。きっと前世に彼に借りがあったのよ。」私はため息をつきながら言った。「どれもこれも500年前遊んだツケが回ってきたのよ。今ごろになって全部返せってね。」
「阿雁……あなたあのころ失恋してたけど、どうやって乗り越えたの?」彼女は茫然とした様子で尋ねた。
「心はもうとっくに木っ端微塵よ。拾い集めるのも面倒なくらい。」私は苦笑いしながら言った。「だから、もうこの話はしたくないの。どっちにしても私は煙草も吸えない、お酒を飲んで暴れたりもできない。もともと年寄りくさいの。もっとやつれて、悲惨な状況ってとこね。」
written by 草戒指
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≪愛、、、その後【2−5】≫
2003年12月1日 このとき、一台の車がやって来て、ゆっくりと私たちのそばに停車した。信寧は私をチラッと見ると、力いっぱい抱きしめた。そしてドアを開けて乗り込んで、バタンとドアが閉まった。
私と信寧のこの3年間の愛はこの車のドア一枚で隔てられているだけだった。ドアの外では愛がよみがえり、ドアの中では愛が消えていく。
車が走り出した。すべてはもう間に合わない。その瞬間、私の青春がさっと色あせていくのを感じた。呼吸なんて余分なもの。命なんてもう永らえなくてもいい。
かなり長い間経ってから、私は家に向かった。どれくらい歩いたかわからない。家に着いて初めて、手に持っていた傘がなくなってしまっているのに気づいた。
私は窓際に立ち、雨の帳に向かってポツリと言った。「信寧、あなたは私がどれだけあなたを愛していたか永遠に知ることはないわ。」
私はもう信寧を訪ねていったりはしなかった。なぜなら私と信寧の性格はどんなに努力しても変わることはないとわかっていたから。たとえ私たちがいっしょにいても、家族になることはなく、ともに白髪の生えるまで、などということはありえなかった。;その上、“彼女”がほんとうに省都に行ったのを聞いていたから。
すべては予想できたことだった。私の心は流れるのをやめた水のようだった。
しかし、私は今までどおり天国で私たちは再会することになると信じていた。そうよ信寧、ことここにいたっても私はまだあなたを愛している。私はひとりぼっちで追憶の中にとどまり、またあなたと雨に濡れるのを望んでいる。世界が私たちのためにもう1度呼吸を止めるときを……
written by 草戒指
私と信寧のこの3年間の愛はこの車のドア一枚で隔てられているだけだった。ドアの外では愛がよみがえり、ドアの中では愛が消えていく。
車が走り出した。すべてはもう間に合わない。その瞬間、私の青春がさっと色あせていくのを感じた。呼吸なんて余分なもの。命なんてもう永らえなくてもいい。
かなり長い間経ってから、私は家に向かった。どれくらい歩いたかわからない。家に着いて初めて、手に持っていた傘がなくなってしまっているのに気づいた。
私は窓際に立ち、雨の帳に向かってポツリと言った。「信寧、あなたは私がどれだけあなたを愛していたか永遠に知ることはないわ。」
私はもう信寧を訪ねていったりはしなかった。なぜなら私と信寧の性格はどんなに努力しても変わることはないとわかっていたから。たとえ私たちがいっしょにいても、家族になることはなく、ともに白髪の生えるまで、などということはありえなかった。;その上、“彼女”がほんとうに省都に行ったのを聞いていたから。
すべては予想できたことだった。私の心は流れるのをやめた水のようだった。
しかし、私は今までどおり天国で私たちは再会することになると信じていた。そうよ信寧、ことここにいたっても私はまだあなたを愛している。私はひとりぼっちで追憶の中にとどまり、またあなたと雨に濡れるのを望んでいる。世界が私たちのためにもう1度呼吸を止めるときを……
written by 草戒指