自由、華麗、飛翔、これらは私に抵抗を許さない。私は自分が誰かわかっている。狂った心臓は野獣のよう。生まれつき血なまぐさいことと争いが好きで、冷たく拒絶するのも冷酷なのも生まれつきだ。山上の感動と暖かさと骨身にしみる優しさと永遠の不死は私の命に関してはほとんど意味がなかった。日は繰り返し、それにつれて私も我慢を繰り返していた。

  あなたが行ってしまうのはわかっていたわ。もうとっくにね。水沙は遥かな海を眺めてた。

  私の指は彼女の頭をそっとかきあげた。ならどうして私に近づいたんだ、私にお前を傷つけさせるようなことをしたんだ。

  私は信じられなかった。私はこの勝負に賭けようと思った。彼女は頭を垂れ、涙を流し、一言も発しない。涙は音もなくそばの泉の中に入っていく。

  お前は飛ぶ蛾がどうして火に飛び込むのか知っているのか?私の指は氷のように冷たくて少しの体温もないのだぞ。

  水沙ははっきりと答えた。「知ってるわ。蛾にとってはそれが快楽なのよ!」

  あなたは山を下りなさい。あなたが会わなければならない人が待ってるわ。でも、あの橋を渡っちゃダメよ。私をひとりで置いて行かないでね。彼女の目は絶望に満ちていた。しかし美しさは海底の火のようだった。

written by 羽虎
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  にぎやかさ、堕落、傷つけ合い、すべてが魅力的だ。少なくともひとりの人間の欲望を満たしてくれる。そう私は永遠に貪欲なのだ。

  遥か離れているからこそ、そこがいちばんよく思える。山上の空洞には急に嫌気がさしてきた。私はだんだんと水沙が疎ましく思われてきた。彼女が優しく私の肩の持たれかかってくると、私は無表情に遠くの町を見つめ、来る日も来る日も沈黙を続けた。水沙は毎日渓流のほとりで涙を流すようになった。彼女の涙は清く澄んだ泉の中に入り、毎日麓まで流れて行った。私たちは全力で美しい毎日を過ごしてきたが、残されたものは別れだけだった。これが千年間変わらないというゲームのルールだ。

  千年経った。私が彼女をはじめて傷つけた人間だったのだろうか?もしかするとそれ以前はだれも彼女を傷つけたことなどなかったのかもしれない。

  しかし私は後ろめたさなど感じない。人とはこういうものだ。私たちは生まれつき自分の欲望には逆らえないようにできている。たとえ手段も選ばず、すべてを犠牲にすることになっても。私は水沙と別れようと思った。たとえ彼女が私のことを愛していようとも。私が彼女のことをまだ愛しているとしても。初めは死ぬことさえ恐くなかった。今も躊躇はしていない。幸福は手に入ってしまえばもう幸福ではないのだ。私は欲望に引きつけられた。そして自分の本性を知った。誰を愛することになろうとも、自分のことをいちばん愛しているのだ。永遠に。

  だが、別れる理由が見つからなかった。彼女は文句のつけようのない女だった。美しくて、優しかった。私には彼女が足手まといだということはわかっていたけれど。昔はだれかが私の足手まといになるなんて我慢できなかった。どんな足手まといもひどく私を凶悪にさせた。残忍に手段を選ばず振り払ったことさえあった。

written by 羽虎
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  私の胸は突然砕かれたように痛んだ。彼女に走り寄って抱きしめた。大声で、どうしたんだ、と叫んだ。

  彼女は頭を私の胸にうずめた。「忘れてしまったの。でも、心の中はまだとてもつらいわ。」

  孟婆、彼女自身はすべてを忘れてしまったが、まだ逃れることはできない。彼女の涙は深い藍色で、彼女の瞳と同じように清く澄んでいた。それを見ると、焼かれるように心が痛む。

  私は唐突に彼女に言った。行こう!ここを離れよう。私はもう嫌だ。大陸の町へ行きたい。ここを離れてどこかでしあわせに暮らそう。

  彼女のからだは突然異常なほどこわばった。美しい娘は頭をもたげ、絶望したように私に言った。「私はこの山を離れられません。私は孟婆だからです。あなたには行ってほしくないの。あの橋を渡ろうとすると、振り向くことができなくなるの。私を置いて行かないで。お願い。」

  そんなはずはない。お前を置いていくはずがないじゃないか!遥かな町を眺めながら、ただただ力が抜けて行くのを感じていた。自分が初めあんなにここを離れたいと思っていたことも忘れて。

written by 羽虎
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  しかし、私は彼女に話していないことがある。人の世のすべてのことが懐かしくなってきたのだ。銀白色で測り知れないほど深い海、単純な形の山、泉、やさしい女。何年も経ったが、それらはずっと変わったことがない。日の出日の入りさえも。私はだんだん嫌になってきた。彼女が私の肩に寄り添ってくるとき、私の視線は遥か遠くの都市に向けられている。闇夜でも昼間でもその明かりは明々と点っている。

  楊過と小龍女はただの物語かもしれない。人間はみなどんなことにでも嫌気がさすことはある。人に欲望がある限り。

  私はずっと山の上にいる。麓のことは関係ない。もう何年も何年も経った。もう耐え切れなくなった。

  水沙、行こう!ここを離れるんだ。そしてすべてを変えるんだ。私は心の中で彼女に言った。銀白色の海の砂は寂しい波の花を輝かせていた。それは千年間変わっていない。

  その日の朝、いつもより早く目が覚めた。水沙がそばにいない。私は眠い目をこすりながら探した。そして清く澄んだ泉のほとりに彼女が坐っているのを見つけた。私は彼女の氷のように青い瞳をはっきりと見た。顔には尽きることがない憂いが浮かび、清く澄んだ涙が彼女の顔をつたった。そのしずくはずっと流れて泉の中に入っていった。泉の水は彼女の涙を含み、流れて行った。―――ふもとまで。私たちとは関係のない世界まで。

written by 羽虎
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  水沙はおいしい煮物を作ってくれた。彼女が台所で忙しくしているときはいつも、私は後ろでふざけて軽く彼女の腰を抱き、耳たぶをかみ、熱くなった彼女の匂いをかぐ。彼女はそのまま私の肩にもたれかかる。私たちはずっといっしょだ。私はこの孟婆と呼ばれる女の作った飯を食べ、この孟婆と呼ばれる女の作ったスープを飲んだ。しかし昔のことはまだ覚えている。人の世のにぎやかさ、きらびやかな美しさ、追い求めることと耐え忍ぶことを。遠くに見える都市のようだった。私はいつもその町を見ていた。闇夜であっても昼間であっても、灯りがキラキラと輝いていた。

  この虚しく寂しい山上で、私は彼女とずっと話し続けるしかなかった。彼女は何も知らない。この美しい娘は私の胸に寄り添うだけだった。私が彼女に語る人の世の物語を聞くだけだった。私は幸福だったが、昔の記憶に関しては、彼女にはどうすることもできなかった。

  私は彼女に尋ねた。「千年経った。お前には過去はないとでも言うのか?」

  彼女は笑って言った。「私は忘れたわ!だから変わったことなんて一度もないの。」私たちはここでずっと愛し合った。すべての過去は私たちとは関係なかった。

  千年来、彼女はずっと美しく無邪気で、人の心の悪い部分など理解しなかった。ただ、ここで精一杯私と愛し合っただけだ。すべてのことは緊急の必要はない。もし忘れたところで、ほんとうにもう変わることはない。

written by 羽虎
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  水沙は私が愛する女だ。私と彼女は山の上に住んでいる。麓のことは私たちには関係ない。

  私はずっと彼女といっしょに、かつて人の世で生きていたときに構想を練っていた美しさを実現してきた。彼女は私がする話を聞くのが好きだった。たくさんの話をした。楊過と小龍女の話が好きだった。よく私に尋ねたものだ。彼らは最後にはずっといっしょにいられるようになったのか、と。

  私は答えた。そうだ。私たちが今いるように、古い墓の中でお互いを守っているのだ。もう選択の余地はない。死を待ち、その代わりに永遠を手に入れるのだ。

  彼女は言いたいことがあるような口ぶりで答えた。「感情は単純なゲームなの。上達しようと思ってもなかなか難しいわ。」

  しかし、私はひそかに思っていた。「千年も経ったのだ。たくさんのことに習熟してなきゃウソだろ。」

  彼女はいつも私の胸に寄り添っていた。虚しく寂しい山の上で私とたくさん語り合った。彼女は尋ねた。あなたはどこからやって来たの?と。

  私は冷ややかに笑って「追い求めるものがあったのだ。私の夢は破れた。もう再び来ることはないだろう。もう恥も外聞もなく人に取り入って生きていきたくない。美しく誇りを持ったまま命を全うしたいのだ。」と言った。

  それなら惜しいと思わないの?死ぬことが恐くないの?

  そんなことは思わない!でも私たちは毎日死んでいるのだ。みんな絶え間なく死んでは生き返っているのだ。変わるために。もしかすると、昨日したことを突然初めて見たように感じるかもしれない。もし私たちがたくさん変わったとすれば、昔のことはすべて存在しなくなる。今のおまえと子供の頃のお前が全く違うようなものだ。

  だから、子供のころのお前も昨日のお前ももう死んでしまって、記憶の中にしか存在しない。

  そして時々思い出したときには、他人が演じる映画を観るような感じがするのだ。

  多くの人はこうなのだ。すべては過ぎ去って行く。自分とは関係がない。変わることを止めることはできない。絶えず通過して行かなければならない。だから絶えず死ななければならない。

  水沙は、自分は千年前と同じ姿だが、経験してきたことすべてを忘れてしまうだろう、と言った。

  私は、もしお前が経験したことが、楽しいことだったら、忘れがたいかもしれない、と言った。そのとき、私は心のどこかでかすかに痛みを感じていた。

  彼女は笑って言った。「思い出せないわ。」美しい顔は海のそこに沈む火のようだった

written by 羽虎
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  ここは冥界の入り口でただひとつの島。周囲は計り知れないほど深い銀白色の海である。島には単純な形の山があり、山上の泉の水が日夜絶えず海に流れ注いでいる。大きな橋もあって、遥か遠くの大陸とを結んでいる。大陸の都市には灯火が明々と点っている。真っ暗な夜でも、遠くを眺めると激しく光り輝いている。

  私のそばにいる娘は、憂いを含み氷のように青い色をした瞳をし、海底に沈んだ火のように美しい。彼女の名前は水沙、またの名を孟婆という。私は来たばかりだが、もう彼女と愛し合っている。この私の胸に寄り添っている美しい娘、彼女はもうここに千年いる。しかし以前のことは何もかも忘れてしまっている。

  私たちは山の上に住んでいる。ふもとではいつも続々と人々が通り過ぎて行く。私は彼らがどこから来たのかわからない。この人たちは泉の水でのどの渇きを十分に潤し、大きな橋を渡って、遥か遠くの大陸の都市へ行くのである。私はいつも頂上から彼らを見ている。水沙は、あの都市へ行くには半日かかる。おなかはすきはしないが、のどは乾くだろう、と言っていた。

  水沙は以前、その橋を「奈何(どうしようもない)」と呼んでいた。私はそのとき、彼女の目に何とも言えない憎しみのようなものを見て取った。

written by 羽虎
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  白い長袍を着た李銘は次の日の朝、北湾の河口の土手の下、広い斜面で首を刎ねられることになった。この日の明け方は何日も続いていた雨模様とは一変して、朝日がやわらかく照っていた。土手にはたくさんの野次馬が集まっていた。

  麗しい日差しの下、地主の娘小青は日傘を差しながら、悲しみに打ちひしがれて土手に立ち尽していた。そばには侍従の二環もいた。

  がんじがらめに縛られて白い長袍を着た李銘がまた地主の娘小青と顔を合わせたとき、血のように赤い涙が小青の眼からゆっくりと流れ落ちた。一面の赤い光の中、地主の娘はぼんやりその異様で見慣れた目を見た。情景は渺茫としたものに変わった。

  冴えた刀の音が響いた後、地主の娘小青は水の中をこぐ櫓の音を聞いた。小青が振り向くと、一艘の船が北湾の河口を通り過ぎて行くところだった。彼女はかすかに白い長袍を着た李銘が船の舳先に立っているのを見た。その船はゆっくりと遠ざかって行った。

written by 林.向
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  冷たい風が吹き、まわりのまだらな笹がサラサラと揺れていた。すべてのものは声も息もひそめていた。そのとき、風のせいで窓はすでに開いていた。地主はひじ掛けのある椅子で退屈しのぎにタバコをふかしていた。彼は何か予想外の事態が起こることなどは想像もしていなかった。しかし、飛んで来た刀が彼の首に命中したのだった。

  李銘はまだ戻ってこなかった。地主の娘小青は気は焦り不安になった。そのとき、彼女は父親の鋭い叫び声を聞いた。思わず驚き色を失った。慌てて扉を破って中に入った。地主は血の海の中に倒れていた。小青は驚きうろたえ、すぐに気を失った。

  深夜の北湾は混乱がおさまった後、平静さを取り戻した。それは真夜中過ぎのことだった。空は真っ暗、周囲も依然真っ暗だった。強風がヒューヒューと村を吹きぬけた。そのとき、冷たい空気はすでに北湾じゅうを浸していた。

written by 林.向
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  ここ数日、北湾の人々は恐怖と不安を感じ始めていた。眠つけぬ夜、人々はかすかに、ときに連続して、ときにまばらに響く銃声を聞いた。まるで竹林が1列また1列と音に合わせて倒れるような、あるいは嘆き悲しむうめき声が夜空を切り裂いたような音だった。真昼間、墟を行き交う人々はかなり多かった。よく下士官や兵が三々五々うろついていた。北湾の人々はこんな不安を感じる日にはきっと何か事件が起こるだろう、と予感していた。

  この日、北湾じゅうかなり落ちついた状況だった。意外にも人々を恐怖させる銃声は聞こえなかった。まるで暗雲がたち込める空に、雷鳴が鳴り響いた後、また暖かな晴れ間が現れたかのようだった。

  夜になった。月も星も見えなかった。北湾全体が自分の指先さえ見えないほど真っ暗だった。李銘はこのころ旅館を発ち、村の古びた石橋を渡り、約束通り地主の家にやって来た。

  彼らが花園を散歩しているとき、小青は言った。「銘、最近父はいつも門を閉めてお客さんと会わないの。よその人とは会わないのよ。でも、私はやっぱりあなたに父と会ってほしいの。」

  銘は笑った。「それはもうすぐ義軍が攻めてくるからだろう。」そして言った。「小青、恐くないのかい?」

  「私がなぜ恐がらなきゃならないの?」小青は言った。「ただお父さんが心配なだけ。でも、ほんとうは戦になろうがなるまいが、義軍であろうがなかろうが私にはどうでもいいの。彼らが私たちの邪魔をしなけりゃそれでいいのよ。」

  暗闇の中、李銘は小青の手をしっかりと握った。

  地主の娘は李銘をつれて庭を抜け、家来が見張りをしている裏の花園に侵入し、地主の住んでいる建物の前にやって来た。

  「小青、」李銘はその建物に入ろうとしている小青に向かって言った。「あなたはここでしばらく待っていてくれないか?」

  小青は笑ってうなずいた。小青は李銘のかすかな姿を見ていた。甘い感覚が彼女の全身を浸した。

written by 林.向
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  「銘、銘、私はあなたが戻ってくるとわかっていたわ。」小青は涙を流しながら言った。「私は毎日土手の上で行き交う船を一艘一艘見ていたの。どの船の中にもあなたの姿があるように思っていた。最後まで見つからなかったけれど。でも、私は、私はほんとうにあなたが帰ってきてくれると信じていたわ。」

  「今、私は帰ってきたのではない。ここはあなたのところだったんですか?」李銘は言った。彼はそっと小青の顔の涙をぬぐってやった。「小青、」李銘は言った。「あなたはどうしてこんなに苦しんでいるのですか?どうしてこんなふうにならなければならなかったのですか?申し訳ありません。」

  小青は微笑んで言った。「戻ってくれたんじゃなくてもいい、お願いずっと永遠にいっしょにいてちょうだい。銘、もう私のところから離れて行ったりしないでしょ?」

  李銘は小青の問いに答えなかった。李銘はかすむ水面を見つめて言った。「小青、あなたは美しくかわいい娘だ。私の想像以上だった。私は永遠にあなたのことを忘れないでしょう。でも、小青、もし私があなたをずっと騙し続ければ、あなたは私のことを恨むのではないですか?」

  「あなたが私を騙していたなんて信じないわ。銘、どう騙したって言うの?今度は帰ってきたのじゃないって?」その後小青はうつむきながら言った。「もしあなたがほんとうに私を騙していたっていうのなら、私は一生あなたを恨みます。」

  水面には湿った少し冷たい風が吹き始めた。風は彼らの服や帯をなびかせ、わずかに音を立てていた。

written by 林.向
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  外では騒ぎが起こっていた。そのとき地主の娘小青は一心不乱に少し古びた≪西廂記≫を読んでいた。病後の小青はかなりやつれて、か弱いからだが赤い錦の刺繍椅子に横たわっていた。

  小青が外に飛び出てみると、家来たちがひとりの人を押してわめきながら通りすぎて行った。

  どうしてこんなところで騒いでいるんだろう?小青はまったく不機嫌な様子で言った。

  「お嬢さん」ひとりの満面笑みをたたえた家来が言った。「私たちはスパイを捕らえましたす。午前中ずっと府の周囲をうろうろ見まわっていたのです。」

  「私は人を訪ねてきたのだ。」その人は言った。

  地主の娘小青はしげしげと見るともう少しで驚いて叫び声をあげるところだった。その男は李銘だったのだ。小青は夢心地でぼうっとしていて、自分の目が信じられない気持ちだった。

  「お前たち、早く彼を放しなさい。」地主の娘小青は声も出せないほど元気なく言った。

  その後、彼らはまた北湾の土手へ出動して行った。水面は濛々とした蒸気に覆われていた。遠くのほうで見え隠れしていた船が水面を進んできた。進み方はゆっくりで、まるで凍りついたようだった。気にもかけていなかったのだが、そのうち影も形もなくなってしまった。

written by 林.向
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  深夜、墟には乱れた足音と呼びかける声が響いて、墟の夜の静寂を破った。この音と声はしばらくの間相譲らなかったが、その後風雨とともに音は遠ざかり小さくなっていった。李銘はある師団が北湾に進攻して来た物音だったということを知っていた。

  そしてすべてがまた元どおりの静寂に戻ると、部屋の戸の外でかすかな足音が聞こえた。

  誰だ?彼は問うた。そして危険を察知して立ち上がった。

  戸の外では何かが倒され壊される音がした。それに続いて誰かが木の階段から転げ落ちる音がした。

  次の日の早朝、仲居は赤く腫れた顔を隠しながら茶壷を持って入って来た。

  「何事が起こったのだ?」李銘は笑いながら尋ねた。

  「大事件なんです。」仲居は顔の赤く腫れたところをずっとなでながら言った。「大事件なんです!昨日の夜、県ではすでに隊を召集して出動したようです。私は……私は義軍に疑われてあやうくやられるところでした。あの、昨夜はよく眠れましたか?」

  「自分のことは自分で、だな。」李銘は旅館を出るとき、笑いながら言った。

written by 林.向
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  白い長袍を着たよそ者の男李銘は北湾を離れたわけではなかった。夕方ごろ彼は南安墟で辺鄙なところにある旅館を捜し出した。日没ごろには南安墟はひどくひっそりとなり、行き交う人も少なくなった。そよ風がたくさんの枯葉を巻き上げ、旅館にはランプのかすかな明かりがゆらゆらとともった。旅館の仲居は注意しながら彼を階上に案内した。木でできた階段がガタガタと鳴った。彼は仲居の目つきが彼のことを怪しんでいるのに気づいた。

  「お客人、どちらからおいでで?」仲居は小声で尋ねた。

  「県からだ。」李銘は答えた。

  「県では騒乱が起こっているそうですね。」仲居がこわごわ尋ねた。

  「そうだ。今はそこらじゅうで乱が起こっている。」

  夜もあまり静かではなかった。うっとうしい雷鳴が鳴り響き、大雨が降ろうとしていた。強風が竹枠の窓を開け放ち、引き続いて豆粒大の雨が吹き込んできた。李銘は薄暗い黄色のランプの明かりの下、何か思索していた。そして強風がランプの明かりを吹き消すと、部屋の中は真っ暗になった。李銘は煙草に火をつけ、屋根の雨だれが窓枠にはねかかるはっきりとした音を聞いていた。

written by 林.向
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  毎日が過ぎるのが遅くなったようだった。地主の娘小青の心の中にいる白い長袍を来た見知らぬ男李銘はまだ現れなかった。彼女の憔悴した顔には憂鬱な表情が浮かんでいた。過ぎ去ったあの美しい夜はまだ鮮やかに彼女の頭の中で揺らめいていた。地主の娘小青はいつも北湾の土手の上を歩くようになった。そして長い間立ち尽すのだった。彼女は李銘がきっといつか帰ってきてくれるものと信じていた。彼女は北湾を通って行く船を詳しく観察していた。李銘を載せた船が通りすぎて行く、そのとき李銘はすでに静かに船室のドアを開けて、微笑みながら船上に姿を現していた。そんなことを彼女は想像していたのだ。

  地主の娘小青はあるとき土手から帰ってくると病気で倒れた。小青の病気は重く、すでに2日間寝たきりで動けずにいた。そのとき地主の家はパニック状態だった。そして侍従の二環が小青を看病していると、小青は急に侍従の手をつかんではっきりしない口調で言った。「銘、銘、お帰りなさい。あなたはきっと帰ってくると言ったでしょ。私は毎日あなたが帰ってくるのを待っていたのよ。」と。侍従二環はどうしたらよいかわからない様子だった。

written by 林.向
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  地主の娘小青は遥か遠くからその見知らぬ男を見ていた。彼の笑みを含んだ美しい顔と異様な目つきを見ていた。「あなたが来ることはわかっていた。」見知らぬ男は言った。そして二人は竹林の中をそぞろ歩き、厚く降り積もった枯葉を踏みしめ、カサカサという音をたてていた。かすかな風が吹き竹林が揺れ始めた。彼女の鼓動はまだ収まらなかった。ずっとうつむいたままだった。「私はあなたに会ったことがある。」見知らぬ男は言った。「私は夢の中であなたに会ったことがある。あなたは何度も夢に出てきた。」小青はちょっと驚いた。彼女は勇気をふりしぼってこの見知らぬ男を見た。長い間。彼女の顔はきっと赤くなっていたに違いなかった。彼は淡々と物悲しい口調で言った。「私はいろいろな所へ行った。あなたの姿を捜していた。たくさんの人たちがもう捜すなと言った。世の中にあなたのような人がいるのか、とか、夢の中のことは現実の中では泡のようなものだ、とか。この泡もすぐにきれいに割れてしまう、と言った。最後に残った一縷の残り香のために、流れ者のようにそこらじゅうをさすらった。ひとりひとりの顔を見つめていた。私はあなたを見つけ出せると信じていた……。」キラキラ光る涙が地主の娘小青の美しい顔をつたった。彼女はこの世の中にこんなに優しい知己ができるとは思っていなかった。彼女はたくさんの夢を思い起こした。いつもひとりぼっちでぼんやりと歩いていた。行くべき方向を見つけ出せずにいた。まわりには息が詰まるような空気が充満していた。彼女はよく夜中に目を覚ました。見知らぬ男の両手が彼女の温かくしっとりした顔をなでた。彼女は思わず震えた。水がサラサラとそばを流れているのを見たような気がした。ケイトウの花が満開になっているのを見たような気がした。甘い雰囲気が心の中を満たした。そして彼女は見知らぬ男の肩に寄り添って静かに眠った。彼女の顔には咲いたばかりの花のように美しい笑顔が浮かんでいた。二人はそのままこの暗く静かな竹林で涼風がそよ吹く夜を過ごした。

written by 林.向
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  彼女が橋を渡りきるころ、湿っぽいにおいが漂ってきた。まわりの竹林はその風に吹かれてわずかに揺れ始めた。麗しい空、やわらかな日差しが、竹林を通り抜け、キラキラと竹清庵に差し込み始めた。小青と二環はゆっくりと竹清庵へ歩いて行った。そのとき突然後ろのほうから足音が聞こえてきた。彼女らを追っているようだった。小青はドキドキし、あの異様な眼差しの見知らぬ顔を思い出した。そして彼女が振り向いて見ると、まさしく彼だった。小青はびっくりした。あの白い長袍を来た男が彼女を見て微笑んでいる。彼女はあわてて恥ずかしそうに下を向いた。見知らぬ男は急に彼女のそばに歩み寄り、小声で言った。「あなたのことを知っています。」彼女はギョッとして、何とも言えぬ面持ちになった。見知らぬ男はずっと微笑みながら竹清庵に入っていった。彼女はわけもなく顔を真っ赤にして、落ち着かなくなった。「お嬢さん。」二環がそばで小さな声で呼びかけると、彼女はやっと正気に戻った。

  いったいこの見知らぬ男は誰なのだろう?地主の娘小青は願をかけるとき、ぼうっとなっていた。年老いた尼僧がそばでボソボソと何かを唱え、ろうそくの煙が濃い霧のように彼女の頭にまとわりついた。そのとき、彼女のそばでかすかな物音がした。振り向いてみると、なんとまたあの見知らぬ男だった。彼女は驚いた。見知らぬ男は彼女の耳元でささやいた。「あなたのことを知っています。私はあなたに会ったことがあります……。」彼女はこの世のものではないようなぼんやりとした感覚に襲われ、まったくわけがわからなくなっていた。見知らぬ男が去って行くとき、「夜に門の外の竹林で待っています。」と言うのを彼女はかすかに耳にした。

written by 林.向
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  この夜地主の娘小青はずっと寝返りを打つばかりで眠ることができなかった。夢うつつの中、白い長い袍を着た見知らぬ男が彼女のそばを通り過ぎるのを見たような気がした。彼女を見る視線は異様なものだった。

  明け方のやわらかで暖かい日差しが庭に差しこんでくると、彼女は疲れきったからだを刺繍のある赤い錦の藤椅子に横たわらせ、日差しがかすかに閉められた窓から差し込んでくるのを感じていた。

  外のさわやかな鳥の鳴き声が彼女の耳に響いた。侍従の二環が軽やかな足取りでそばにやって来て見ると、小青の疲れ果てた目は充血していた。二環はささっとカーテンを巻いた。早朝の心地よい風が庭から吹き込んだ。ケイトウの花が揺れながら舞い落ちる。あざやかな赤い葉っぱが朝の空気の中で揺らめく。傷心の舞を舞うかのように。彼女はかすかに庭にあふれる香りを感じた。

  地主の娘小青と侍従の二環は早朝から外出した。小さな籠がゆらゆらと村のボロボロの石橋を渡って行く。彼女たちは南安墟の竹清庵におみくじを引きに来たのだ。竹清庵は今では古めかしく、門前の道の塀には青苔がむし、名も知れぬ小さな花が内側から顔を出し、ほのかな香りを発していた。

written by 林.向
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2003122118531204
  私たちはたくさん取ろうとはしなかった。ブドウ園をあんまり荒らすと、来年また盗みには入れなくなる。遠慮して盗んでおけば、持ち主は痛くも痒くもない。そうでなければ、家まで怒鳴り込んで来られて、問い詰められ、お父さんに怒鳴られることになるのだ。

  こっそり足早にブドウ園を出ると、私たちは盗みがこんなに順調に運んだこと喜んで小声で歓声をあげた。堤防の上を見上げると、見張りの女の子がビクビクしながら2人の大きな男の子と何か話している。男の子が私たちを見つけると、大声で叫んだ。「どろぼうだ。」夕涼み台の上の中年男の目を覚まさせてしまった。取るものも取りあえず、クモの子を散らすように各自逃げ去った。私はスカートをつかんだままドタバタと道路に向かって走ったが、中年男はなんと自転車で追いかけてきた。機転を利かせ、ぱっと方向転換し、田んぼの中を走っていった。

  続々と集合場所にみんなが帰ってきた。スカートの中にはブドウは少ししか残っていなかった。一人一房分けるには足らなかったので、論功行賞を行った。いったいどうやって分けたのかはよく覚えていないが、見張りの女の子には最後にブドウの枝だけが与えられたことだけ覚えている。

  私といっしょに野菜どろぼうして子供時代を過ごした仲間たちが、あのころのことを懐かしく思い出しているかどうかはわからないが、楽しくてハチャメチャな時代だった。生活のストレスの中でも、あの笑顔を忘れないでいるだろうか。

紫紫草

written by 紫紫草

http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2003120912032414

≪思い出【4】≫

2004年1月15日
  恐る恐る手探り状態で池の中ほどまでやって来た。目いっぱい小さな頭を上向きにして、目標を捜した。岸の上で見たときには大きく見えたレンコンだったが、水の中で見てみるとただの茎で、すべて葉に隠されていた。それをかき分けながら探っていると、1本見つかったが、そう簡単なことではなかった。

  おそらく水の音が大きすぎたのだろう。池の見張りに気づかれてしまった。おっとりとした声が聞こえた。「誰だ?水の中にいるのは。」つまるところは盗みなので、心の中は虚しく、水の中で立ち尽くし、動き回ることはできなかった。見張りの人は注意深く水の中を見ようとしたが、たくさんのハスの葉が視線を邪魔した。当然何も見えず、岸辺の瓦のクズか何かを水の中に向けてやたらに投げてみるだけだった。

  私は池の中ほどで固まって、息もひそめていた。ましてやしゃべることなどできなかった。池はさほど深くはなかったが、池の底のドロはたくさんあった。1箇所にずっと立っていると、だんだんと沈んでいってしまう。初めは胸のところまでだった水も、だんだん沈んですでに首のところまできている。私はためしに爪先立ってみようとした。手にはやっとのことで足先で探り当てた花托がしっかりと握られていた。長い時間がたった。水の中には物音もなく、パシャパシャという水音もなくなった。肘から先ぐらいの体長の魚が私のそばを泳ぎ回っていた。捕まえてやろうと思ったが、また岸の人に気づかれでもしてはまずい。したいようにさせておくしかなかった。

written by 紫紫草
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2003120912032414


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