≪思い出【2】≫

2004年1月13日
  簡素な服を着た2人の女子の見張り兵が垣根の外で見張りしている。また別の何人かが小さなからだを隠そうと、頭隠して尻隠さずといった格好で厚みもない瓜のつるの中にもぐっていた。頭隠して尻隠さずと言うのは、瓜のつるは地面に自由にはびこらせてあるので、横には伸びているのだが、厚みはすねぐらいまでしかなく、からだを覆い隠すには十分ではなかったのだ。ことのついでに、地面を手探りすると、大きいのやら小さいのやら瓜がころがっているので、適当に摘んだりする。多くの畑ではいろいろな瓜がいっしょくたになって生え放題に植えてある。私たちは盗むのは盗むのだが、当然品種はわからない。いちばん多く盗んだのがキュウリだったのを覚えている。おそらくキュウリが育てやすかったからだろう。

  よさそうな隠れ場所を捜し出すと、山分けが始まった。あなたは一口、私が一口、多くの瓜はまだ熟れていなかったので、飲み込むと苦い味がした。でも、たいていは自分ちのよりは熟していておいしかった。世の中の美味というのは、残らず食べてこそ味がわかると言うものなのだろう。

  盗みとは言え、自分たちが手にいれたものなので、盗みのスリルや、盗んだものの味は格別だ、とそのころは感じていた。

  夜になると、こっそり家に忍び込んで、泥だらけの服を脱ぎ、夢の中で口をモグモグさせていた。

  次の日になると、盗まれた家の人が村外れで大声で捜索する声が必ず聞こえた。何食わぬ顔で歌を歌いながら一目散に走り抜けて行ったものだった。

written by 紫紫草
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  小柔が行ってしまったときには荷物をまとめる時間もなかった。彼女の服はまだタンスに残されていた。彼女が描いた月の絵もまだ壁に貼ったままだった。そして泥人形4つもきちんと彼女の枕元に並べられていた。

  「小柔にはほんとうのお母さんのほうがいいのよ。彼女の今の家は遠く南の地方でね。裕福なの。荷物をここに残したままでもかまわないのよ。」お母さんはそう言いながら、泣いた。顔を手で覆いながら。彼女の涙は指の間から流れ出した。1滴また1滴と。

  しばらくすると、小柔の手紙が届いた。手紙には『うちが恋しいです。お父さんお母さんが恋しいです。お兄ちゃんが恋しいです。』と書いてあった。新しい家もいいところだし、あのおばさんもやさしくしてくれている、ということだった。彼女はもうすぐ手術を受けることになっていた。もともと彼女は生まれつきの聾唖者ではなかった。手術後、舌の筋肉を1本切り落として、彼女は話せるようになった。彼女は『お兄ちゃん、もう2ヶ月たったら休みになって家に帰れるよ。帰ったらまたあの虫が飛ぶ歌をうたってね……』と書いていた。

  小柔の手紙の背景には月が描かれていた。私は小柔の顔を思い出していた。まん丸でキラキラ輝いていた顔を。

  手紙を読んでいる途中で急に鼻血が出てきた。涙と混ざって紙の上に落ち、にじんで赤い花になった。


written by 羊子??
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  「ちがう!小柔はボクの妹だ、妹なんだ!」私は駆け寄るとしっかり小柔を抱いた。おばさんにつれて行かれないように。しかし、お母さんは小柔を彼女のほうに押し付けた。お母さんは私に向かって叫んだ。「行かせてやりなさい。行かせてやるのよ。お母さんといっしょにね。」お母さんは私の手を引っ張って小柔から引き離した。

  小柔はおばさんに無理やりタクシーに乗せられた。ほこりを舞い上げ車は行ってしまった。車の窓の中の小柔の顔は涙でグショグショだった。彼女の口は「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」と叫んでいたが、声は出ていなかった。彼女の目には恐ろしさと痛みの表情しか浮かんでいなかった。私の心は容赦なく引き裂かれた。

  私はお母さんの制止を振り払い、一生懸命その小柔を載せて遠く離れて行く黒塗りの車を追いかけた。

  村境まで追いかけたころにはタクシーずっと遠くなっていた。私は舞い上がるほこりの中、大声で小柔の名前を呼んだ。顔じゅう涙で濡らしながら。

written by 羊子??
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(三)虫が飛ぶ、虫が飛ぶ

  小柔は15歳になると春の露を含んだ花のようになった。明るい瞳は二筋の清らかな泉のようだった。黒髪は花びらのように背中に流れ広がっていた。お母さんは、「小柔は大きくなった。きれいな娘になった。」と言った。小柔の顔にはきれいな赤い雲が浮かんで、頭を下げて恥ずかしそうに笑うと、丸いえくぼができた。

  もうすぐ小柔の誕生日というころ、お母さんは県に行って生地を買い、新しい服を小柔に作ってやった。帰り道は小型タクシーだった。

  お母さんが車から降りると、後ろからきれいなおばさんがいっしょに降りてきた。お母さんは小柔をそばに呼んでしっかりと抱きしめた。顔は涙で濡れていた。

  小柔は手を伸ばしてお母さんの涙を拭いた。目には驚きの表情が浮かんでいた。

  「小柔、小柔。」そのきれいなおばさんは手を伸ばし小柔の頭をなでた。やはり目には涙をためていた。

  お母さんは突然立ち上がるとおばさんのもとへ小柔を容赦なく押し付けた。小柔は彼女に抱かれながら、懸命に首を振った。力を振り絞って押しのけると、しっかりとお母さんに抱きついた。涙が頬をつたい流れ落ちていた。

written by 羊子??
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  小柔はだんだん大きくなっていった。一本の草が雨露の中でこっそりと芽を出し、生長するように。お母さんは小柔を聾唖学校には入れなかった。お母さんは、小柔はとても賢く、話せないだけで、耳は聞こえているのだと言っていた。

  小柔は私と筆談するようになった。彼女はいつもメモ帳を持っていて、言いたいことがあるとそれに書いた。小柔が最初に覚えた字は「哥(お兄ちゃん)」だった。

  学校ではやっぱり男の子にいじめられていた。お下げを引っ張られ、甲高い声で「唖巴、唖巴。」と言われていた。私の耳に入るといつも、そいつらと力いっぱい殴り合った。何度も何度も私の服は引き破られ、殴られて鼻血を流していた。ケンカするたびにお父さんには罰として庭にすわらされていた。小柔は私のそばでいっしょに付き合ってすわってくれた。

  私が鼻血を流すと、彼女はいつも持っているメモ帳を破って、よく手でもんで柔らかくして、ひとつひとつ丸めて鼻に詰めてくれた。鼻血が流れ出ないように。

  私たちがいっしょに庭にすわっていると、耳に冷たい澄んだ風が吹き込んできた。頭の上には薄ら寒い月が出ていた。小柔はよくあの歌を歌ってくれと言った。;空が真っ暗になってきて 星がキラキラと輝き出す 虫が飛ぶ 虫が飛ぶ あなたは今誰を思っているの……

written by 羊子??
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  そのときひとりのやせっぽっちの男の子が小柔の手の絵を取り上げると、ビリビリと何度も破り足元に投げつけた。小柔は慌ててそれを拾い集めた。小さな手は彼の足に踏みにじられた。「小唖巴、小唖巴。」その男の子は甲高い声で叫んだ。

  私はカチンと来た。私はフェンスに登り飛び込んで行った。その男の子をつかんで押し倒した。彼は転んでわぁわぁ泣きじゃくった。小柔は紙を拾い集めると、ひとつにまとめ指差して私に見せた。それはお月様だった。

  「あなたはどこからやって来たの?帰りなさい。家の人に会いに行きます。」小柔の先生は私の服をつかんで私に怒鳴った。

  夜、お父さんに罰として庭に正座させられた。季節はすでに晩秋、庭はアオギリの枯葉が風に吹かれて私の肩に舞い降りた。

  小柔は家から私の目の前に走り出てきた。手にはあのつぎはぎの絵を持っていた。月がひとつ。あの夜私たちが丘の上で見た月といっしょだった。私は小柔に言った。「あの月はお前の顔といっしょでまん丸でキラキラしているね。」小柔は私に笑いかけ、力いっぱいうなづいた。

written by 羊子??
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(二)ほら、見てごらん、お月さんの顔を

  小柔は5歳になった。お母さんは彼女を幼稚園に送って行かなければならないと言っていた。

  お母さんは小柔を町のとある幼稚園まで送って行った。でも聾唖者は入れられないと言われた。お母さんは涙を流しながら彼らに言った。「小柔はとっても賢い子です。ただ話ができないだけなんです。耳は聞こえるんです。」

  小柔はとうとうその幼稚園に入った。私は毎日学校が終わると彼女を迎えに行った。

  あるとき学校が早く終わり、幼稚園の門まで走って行き小柔を待っていた。彼女は机にへばりついてうつむきながら、まじめに鉛筆で絵を描いていた。私は小さな声で彼女に呼びかけた。「小柔、小柔。」彼女は顔をあげあたりを見回した。フェンスの向こう側の私を見つけると、大きく口をあけて笑い、紙を高く上げて私に絵を見せてくれた。

written by 羊子??
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  夜の帳が降りるころ、星たちが遥か遠くの空から私たちの小さな影を見つめていた。月は丸く、明るかった。「小柔、お月様は何に見える?」私は月を指差しながら彼女に話しかけた。小柔は月を見たり私を見たりしていた。瞬きをすると空の星より明るかった。「ほら、お好み焼きみたいじゃないかい?」私は身振りを交えながら言った。小柔はつばを飲み込んだ。舌を出して唇をなめ、力いっぱいうなづいた。彼女のおなかがゴゴロゴロと鳴るのが聞こえた。

  私は小柔に言った。「帰ろう。」小柔は4つの泥人形をポケットに入れ私の手を引っ張った。私はからだを曲げて言った。「さあ、お兄ちゃんがおんぶしてあげるよ。」

  帰り道は芭蕉の林を通らなければならなかった。お母さんは行くところのない孤独な霊魂が芭蕉の木に憑いていると言っていた。夜になると彼らのウーウーという鳴き声が聞こえてくるようだ。

  林の中を行くと突然一陣の風が吹いてきて、芭蕉の葉っぱがザワザワと音をさせた。あの大きな葉っぱが月明かりで霊魂が揺らめく姿に見えた。

  小柔の手がきつく私の首に巻きついて、顔は私の首のところにうずめていた。

  恐くないよ、小柔。お兄ちゃんがいるじゃないか。お兄ちゃんが歌を歌ってあげるね。;空が真っ暗になってきて 星がキラキラと輝き出す 虫が飛ぶ 虫が飛ぶ あなたは今誰を思っているの 空の星は涙を流し 地上のバラは枯れ 冷たい風が吹く あなたがいっしょにいてくれさえすれば……

written by 羊子??
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  私が彼らとケンカしている最中、だれのパンチかわからないが私の鼻に命中した。鮮血がどっとあふれた。彼らはびっくりして固まってしまい、その後わっと逃げてしまった。私は顔を上向きにして血が流れないようにした。小柔は駆け寄って私の手を引いた。顔じゅう涙の跡だらけだった。

  お兄ちゃんは大丈夫だ。小柔泣くな。私はしっかりと鼻をつまんでいた。鼻血がのどから口の中に流れ出てきた。生臭く渋かった。小柔は走って桑の葉を取りに行き、もんで丸めて私の鼻の穴に詰めた。

  私たちは家に帰りづらかった。私の服はつかみ合いになったときに引き裂かれ、袖は長い裂け目になっていた。お母さんに知れたらたぶんひっぱたかれるだろう。

  私は小柔をつれて丘に登って、村の家々の屋根から炊事の煙が上がるのを見ていた。

  私は泥で小柔にたくさん人形を作ってやった。私は「このちっちゃいヤツがお前だよ。ちょっと大きめのがお兄ちゃんだ。いちばん大きいのが2つあるだろ。それがお父ちゃんとお母ちゃんだ。」と言った。小柔は泥人形を手にとって私に微笑んだ。えくぼを2つ作って。

written by 羊子??
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  小柔は泣きわめいたりしたことはなく、静かだった。私が彼女を呼ぶとまばたきをしながら私を見た。そして私に笑いかけた。私は毎晩お母さんが教えてくれた童謡を歌ってやった。「虫が飛ぶ 虫が飛ぶ あなたは今誰を思っているの……。」

  小柔が四歳のころ、私の子分になった。私は放課後家に帰ると彼女は私の服のはしっこを引っ張っていつも離れなかった。

  私は彼女を連れて山の上で男の子たちと野戦を戦った。しかし彼らは小柔を参加させず、彼女に向かって「唖巴(口のきけない人)、唖巴。」と叫んだ。私はこぶしを振り上げ突っ込んで行き、彼らともみくちゃになった。「彼女はボクの妹だ。彼女は小柔って言うんだ。」

written by 羊子??
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空が真っ暗になってきて
星がキラキラと輝き出す
虫が飛ぶ 虫が飛ぶ
あなたは今誰を思っているの

空の星は涙を流し
地上のバラは枯れ
冷たい風が吹く
あなたがいっしょにいてくれさえすれば

虫が飛ぶ 花は眠る
ふたりいっしょだからこそ美しい
暗いのは恐くない
心が打ち砕かれるのが恐いだけ
疲れていてもいなくても
ここがどこであろうとも

(一)小柔、小柔

  3歳の年の冬だった。お母さんが県から赤ちゃんを抱いて帰ってきた。私はベッドの縁につかまってそのおチビさんをのぞきこんだ。赤い顔、きれいで小さな口。黒くて生き生きしている大きな目。彼女は私を見ると口を大きくあけて笑った。えくぼが2つ出た。

  私はお母さんに尋ねた。「この子どこの子?」お母さんは笑って答えた。「うちの子よ。おまえの妹よ。」私はうれしくて跳び上がった。「妹ができた。妹ができた。」私は両手を打ち振りながら部屋中を駆け回った。「お母さん、妹はなんて名前?」お母さんは言った。「かわいらしくて弱々しいから、小柔がいいわね。」私はベッドに駆け寄りおチビさんを大声で呼んだ。「小柔、小柔。」

written by 羊子??
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  いわゆる死ぬまで永遠に心変わりしない、というのは空しい誓いの言葉だ。もっと真剣な愛でも歳月の侵食の下では永遠に変わらぬことなどありえない。私の2つの愛は誕生、成長の過程を経て、次第に青春時代の美しい彩りも褪せてきた。寿命とは無関係に年老いていく。愛の命が危機にさらされ消え去っていくとき、いつも非常な物悲しさを生む。しかしそれは結局天寿を全うしたのであって、必ずしも若くして亡くなくなった人を悼み悲しみのあまり死のうと思うのとは同じではない。

  この寒い冬の季節に私の愛がいつも消えていくのを見て、どうすることもできず暗然とする。愛が呼吸を止め墓の中に入るとき、私は涙で顔じゅうを濡らすのだろうか。知るすべもない。

written by 紙片児
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  モニターの中で彼が微笑みかけてくるのが好きだった。真新しい話題を話してくれるのが好きだった。晴れの日も雨の日も、街の中だろうが室内だろうが、彼のメール、彼の電話が、私をこの上なく快楽に浸らせた。私の心を優しく甘く変えていった。彼の「彼女」という一言が、彼の「僕のこと考えてくれてた?」という一言が、私の心の中を波打たせた。私の幻想は理性の抑制を打ち破り、自由に羽ばたいていった。私はどうしても現実の彼の顔を見たくなった。彼の暖かい肌に触れてみたくなった。彼の胸に抱かれてみたくなった。彼だけにしかない息の匂いを感じたくなった。こんな幻想が私の心の中の潮の流れを激しくしたし、恥ずかしくていてもたってもいられなくした。夫のネット不倫とのバランスが取れるようなレベルにまで達したとき、天青はだんだんと私の視野から遠ざかって行った。私は彼にいつも言っていた。「片思いはイヤ。私が愛しているほど愛してほしい。」と。彼がゆっくり離れていったとき、私はまだ不安なまま気持ちを引きずっていて、優しく芳しい喜びを残す場所を離れられずにいた。愛、それは最も定義が難しいもの。それはやって来ては消え、幻のようで測り知ることができない。先に気持ちを動かしたほうが負け。深く愛したほうが深く傷つく。だから、私は悲しい敗者となる運命なのだ。

  私はずっと彼が送ってくれたプレゼントをすべて注意深く大切に取っておいた。彼の直筆の一字一字も。そのプレゼントを見ると暖かい愛情が伝わってきた。私の頭の中では彼の一言一言がバラバラに吹き飛ばされ、彼の美しく明るい顔には違う表情が浮かぶ。でも、私は最後には悟ることになる。それらのものは愛情と同じ存在なのだと。愛が消え、愛を手に入れた喜びや失った時の痛みが跡形もなく流れ去るとき、それらのものは私にとって何の意味があるのか?

written by 紙片児
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  何日もたったころ、天青との連絡が途切れ途切れになってきた。私ははっきりわかっていた。愛情が高みを超え谷間に入ってきたのだ。彼はもう私のことなど考えていない。私も彼のために傷ついたりはしない。私は私たちの関係がこのままうやむやになって自然になくなっていくものと思っていた。つまり破局だ。そして、こんな破局は、ちょうど私が望んでいたものだったのだ。知り合った当初から私はこう言っていた。「もしある日愛が終わっても、なんの傷跡も残さずにそっと愛が消えていってくれたらいいね。」と。

  彼がまたQQメッセンジャーに飛び出してきて、私に呼びかけたとき、私はやっとわかった。私が冷淡に無視してどうでもよい態度を装ってみても、心の中の潮の流れのような渦はほんとうは隠しきれないのだと。面と向かって別れを告げたとき、私の心はこんなふうに脆く弱かった。たとえこの別れが実際の声によるものでも、そうでなくても。私にははっきりわかっていた。私は彼の心の中ではもうすでに大切な存在ではなくなっていることを。私はかっこよく去っていくつもりだった。でもあのあまり心のこもっていない言葉に私の目から涙がこぼれた。しょっぱい涙がぼんやりかすんだ視野からポロッとこぼれた。静かな真夜中、音のない響きが私の心を粉々に打ち砕いた。彼は遠く離れた端末でまったくわけがわかっていないだろうが。“碧聊”の朗読部屋で離れた場所の彼と感情のこもった文章を読んで、ほかの人の別れの話を読んで、彼は私のために自分の気持ちもこめてくれただろうか?彼が私の相手をしてくれたのか、私が彼の相手をしたのか、わからないが、もし、私がいなくても、彼はほかの彼女と明け方までお楽しみだっただろうと思う。甘く意気投合して離れるのがつらく感じた日々はもう帰ってこない。彼は慌てて私に会いに来たり、私と離れるのを惜しんだりすることはない。すべては淡々と可もなく不可もないようなものになってしまったのだ。

written by 紙片児
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  ひょっとしたらこの悩みのせいで別の突破口を探していたのか、恋愛時代に戻ったような感覚が麻薬のように理性を麻痺させたのか、彼とMとの関係は次第に深まり、危険になっていった。そしてそれが崩れそうになったとき、私に一息つく暇はなかった。彼はまた別の袋小路に入り込もうとしていたのだ。彼の目の前に別の“西施(春秋時代の美女の名)”が現れた。それは、彼の同級生だった。転移療法がおそらく望ましかったのだろう。しかし、彼は目の前の急場しのぎしか考えていなかった。私はもともと人の自由を制限するのは好きではない。かつてあんなに命がけで愛してくれた夫が、かつて純潔を守って悪に近づかなかった夫が、どうして1年ちょっとの間に濁り水の中の放蕩者になってしまったのか?私は本当に失望した。

written by 紙片児
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  彼がおしゃべりをするとき、私は彼から2mも離れていないところで彼を監視しながら編み物をする。ネットの彼女が去ってから、私の心は不思議に寛容になっていった。彼の携帯メールの受信音や彼の指がメールを打つ音は、もう私を痛めつけたりはしない。“場数を踏んでいる人はありふれたことには興味を持たない(曽経滄海難為水)”というヤツだろうか?ブラックユーモアだわ!彼は時々背伸びをしながら、あの真四角の表情もなく人を惑わせるパソコンに向かって長いため息をついた。このとき私は怪しみと猜疑の眼差しで彼を見た。彼のほうでも突然びっくりしたように私を見上げた。彼の少しも表情がない顔の下には、どんな複雑な気持ちが隠されているのだろう。怒り?悲しみ?無念?痛み?でも、彼のあの女への愛なんてそんなに深いものではなかった。でも、彼女のほうは彼を愛していた。かなりのめり込んでいた。彼はどうしたらよいかわからず、失敗をした子供のように優しく穏やかな言葉をかけていた。彼はひどく後ろめたい思いをしていた。完全無欠の救世主になって彼女の孤独な魂を救ってやることができなかったから―――彼は彼女と結婚してやることはできないのだ。しかし彼女の望みは結婚だった。彼女は絶えず彼に鋭い言葉を浴びせて彼を傷つけた。彼の善良な心はこのつじつまの合わない苦しみの中でどうしたらよいかわからなくなっていった。

written by 紙片児
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  彼はネット恋愛していた。そして彼はネットの愛人と実際に会った。最後には別れることになったけれど。彼のネット恋愛は私の視野の中で行われた。私の目には明らかだったが、放っておいた。彼ら2人が会う計画には私はとっくに気づいていた。私のただひとつの希望は、彼が私にそれを話してくれて、すべてを明らかにしてくれることだったが、彼は話してくれなかった。彼は私の目を盗むようにそれを実行した。そして彼らは別れた。私が問い詰めた結果だ。私は私の幸せな家庭がこんな形で崩れ去っていくのを見たくはなかった。その神経質そうなオールド・ミスは、こんな悲惨な結果の代償になるほどの値打ちもなかった。この点は、彼のほうがよく理解していただろう。彼らの間でいったい何が行われていたのか、私はあずかり知らないし、知りたくもなかった。女が節を曲げずに潔く死ぬか、節操を守らずに生きながらえるか、多くの人は後者を選ぶと思うのだが。

written by 紙片児
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  主人から、私と彼の間にはもう“責任”という言葉しか残っていないと言われた。なら、10数年の愛はたったの7年の間に消え去ってしまったというのか?でも私はまだこんなに彼を愛しているし、それは純粋な気持ちだ。責任感やらなにやらで繋ぎ止められている愛なんかじゃない。この愛は純粋だし、素朴なものだ。表面的に取り繕う必要もないし、永遠に心に刻み込んで忘れないつもりだ。彼はいつも際限ないくらい私を可愛がってくれた。この年齢に不相応な天真爛漫な子供のようにして。私は自分が永遠に子供のままでいられると思っていた。たとえ80歳になっても。ある日彼が「大きくなったね。」と私に言ったとき、私は彼と私の間の距離を感じた。そして、その距離はだんだんと広がっていった。ついにはどんな方法でも、もう2度と近づくことができないくらいになっていた。この距離は私を驚かせ、そして傷つけた。心が麻痺してしまうくらい。私の心は冬の山道の石のようだった。眼は冷たい光を発していた。

written by 紙片児
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  私は昔から好き嫌いが激しいほうだ。恋愛については特に。なかなか人を好きになったりはしない。人生で2人しか愛したことはない。ひとりは実生活の主人、もう一人はNetの天青。この相容れないが、互いに補い合うような2つの愛は、初めのころは私をとてつもない幸福感に浸らせ、心底まで満足させていたが、関係を続けていくうち、最後には心の傷しか残らず、いろいろな意味で、泣きたいけれど涙も出ないほど心を粉々にした。

written by 紙片児
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(六)

  彼女の葬儀に彼は参列した。実はあの夜、彼女はそんなに離れた場所にいたわけではなかったのだ。彼は彼女の両親を“おとうさん、“おかあさん”と呼んだ。彼らを養っていくつもりだったのだ。彼女の弟には進学させるつもりだった。それでも、やはり自分を抑えきれず、自分の頬を叩きたくなった。あの携帯を見つけた。表面には血がついていた。彼女は間違っていた。今月の料金は未納ではなかった。彼はこの電話番号を永遠に忘れないだろう……。

  彼は話す。「あの日、すべてをあわただしく片付けて、半月ぶりにシンセンに戻ってきたんだ。」偶然彼女と別れたあのファーストフード店にまたやって来た。その日も蒸し暑い初夏の気候で、雨が降り出しそうだった。トンボの群れが低く飛んで、なんども尻尾を下に向けて降りてくるのだが―――地面は水のように光る花崗岩で、それをトンボたちは水と思い込んでいるようだった。そこで産卵しようとしているのだ。なぜか、樊得瑞は初めて街の中でこらえきれずに泣き出した。このトンボたち、この街、この固い花崗岩、そして花崗岩の上をいたずらに尻尾でつっつく愛、種存続と尊厳のためだ。

  終わりに:その後、労働者とか、この町だとか、愛だとかいうと、私はいつも演奏が終わり観客が去っていった後の人生で、樊得瑞がある携帯電話の番号をかける場面、そして彼が電話が鳴っているのに黙っている場面を思い出す……。

written by 小刀銀
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2003102808543448

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