≪夢死【2】≫

2004年3月26日 連載
  そう、今は彼にとって収穫の時期だ。19歳のころからこういう努力を始めたのは、間違いではなかった。だから彼はある種の神秘的な力に感謝している。この力は19歳になる前からすでに彼がするべきことをすべて予定していた。

  物心ついてから、眠りさえすれば途切れることなく夢を見てきた。その後、彼は知ることになる。:夜には、自分のまぶたは透明になり、珍しい形の色とりどりのものが、つかの間移ろって行く。そのイメージが、先を争ってこの狭いスクリーンに映し出される。そのとき、他の人にこの尋常でない状況をどのように説明すればよいのか彼にはわからなかった。

  彼のまぶたは透明になる。まぶたを透過して、昼間の60倍ものものが見える。毎晩見るのは天然色の、濡れない羽毛を持った、ゆらゆら空を飛ぶゾウ;美しい花園が見える。清らかな渓流の川縁には2種類の不思議な花が咲いている。―――ひとつは萎れない花、もうひとつは花が散って、枝から離れたとたんにヒラヒラと舞う美しい蝶になる花。;青々とした草原が見える。そこでは数え切れないほどの駿馬が川で水を飲んでいる。;ピラミッドの中のファラオが見える。彼は水の流れのような明るく伸びやかな音楽の中、権威の杖をしっかりと握っている。;海流に漂うタツノオトシゴが見える。その子供たちは黒い目を輝かせ、サンゴ礁の中で遊んでいる。;木の葉が集まってまん丸になっているのが見える。びっしりと固まって、海面上空をフワフワと浮かんで、海の上の森を形作っている……毎晩彼は目の前の美しく不思議な情景に引き込まれる。そして知らぬ間にさらに深い夢の中に入りこんでいる。

written by 發炎
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2004030209405236

≪夢死【1】≫

2004年3月25日 連載
“彼自身も幻影だ。別の人の夢の中の幻影なのだ”

“ある人が私の夢を見ている夢を見た”

―――ボルヘス、最も偉大なる夢想家(1899〜1986;アルゼンチンの詩人、小説家、翻訳家)

  もし完全に自分のものである世界があるとしたら、その世界であなたはいちばん何が必要ですか?いちばん何がほしいですか?

  これは彼が夢から覚めたあと考えた問題だ。これはそれほど現実的で、すぐ目の前にある問題である。そのため伸ばした指が見えない暗闇の中でも、彼は自分の前でその問題が熱い息を吐いているのがわかる。

  女、そう、もちろん女だ。

  何年も前に、彼は初めてこれ以上ないほど鮮明に意識した。:彼にはその資格がある。勇気もある。こう答える必要がある。女がいてこそ、彼の世界は真の意味で完全無欠になるのだ。

  何年も前に、状況は初めてこの段階に達した。彼がしばらくの間仕事の手を休めて、「オレにいちばん必要なものは何だ?」と問うことができるほどまでになった。

written by 發炎
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2004030209405236
  すべてを知って、母后がどうしていつも暗い表情だったのかがわかった。どうしてあんなに私を可愛がってくれたのかがわかった。そしてとうとう私の命の秘密を知ることができた。

  父王は、母后が償って取り戻してくれた私の将来を、ここを出て過ごすか、それともまた新たに300年間縁があるまで待つかを選択させてくれた。

  父王は笑みを浮かべてうなずき、私に言った。お前は今でも彼の最愛の王女なのだと。

  私は海面に出て、静かに夜が来るのを待った。ひたむきに愛してくれる男を待った。

  私は彼に伝えなければならない。世越、私は連裳です。夜毎あなたが私のために簫を吹いてくれているのに、どうしてあなたのことを忘れることができるでしょうか、と。

written by 羽貝
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2004022121180929
  まもなく母后は病気で亡くなった。私は父王に母のベッドのところに呼ばれた。母后のやつれて安らかな顔を見ると、私は声を失い泣き出した。驚きの出来事が一瞬にして起こったのだ。私は自分が泣くことができたのがわかった。そして、私の指の間から流れていくもの、それは丸い真珠ではなく、キラキラ光る涙だった。私は茫然として父王の顔を見た。父王の哀れみのまなざしの中には、いかんともしがたいといった気持ちがこめられていた。父王は私に話した。「イ肖児、実はお前は完全な人魚というわけではないのだ。お前のからだには半分人間の血が流れている。これは母后が人間だったという理由からだけではない。彼女はそのためにしかたなくこの世を去ったのだ。償いをしてお前の将来を取り戻すために。

  私はますますわけがわからなくなった。そこで父王はある物語を私に聞かせてくれた。:昔々、陸地にふたりの幼ななじみがいた。ひとりの名前は連裳、お前の母后だ。もうひとりの名前は世越、お前の母后の恋人だ。あるとき世越は海に漁に出たが、暴風に遭って海底に葬り去られた。お前の母后は昼も夜も祈ったが、悲しみが昂じてとうとう病になってしまった。そして私はそのとき、その優しく美しい娘に恋をしていた。だから私は彼女を訪ねていき、要求をした。世越に生き返らせてやるから、彼女の将来を私に預けてくれ、と。放心状態のお前の母后はうなずいた。そしてこのときから、彼女と世越は海と陸とに離れ離れに暮らすことになった。お前の母后は私を恨んだりはしなかった。ただ黙々と私に仕え海宮の一切を取り仕切っていった。しかし私は知っていた。お前の母后が毎晩眠れぬ夜を過ごしているのを。それは世越が夜毎簫を吹いていたからだった。

written by 羽貝
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2004022121180929
  「イ肖児、イ肖児、」私はその声で目が覚めた。見ると母后が優しく見つめていた。この上ない優しさを感じた。「イ肖児、目が覚めたのね!!」私は慌てて母后に尋ねた。「あの男は誰?」

  母后は笑って答えた。「イ肖児、お前が今見たのは夢。お前の成人の夜から今までのところはただの夢。でも、夢の中の男はお前の未来の運命の人なのよ。さあ、慌てないで。お母さんにその人の様子を話してごらん。」

  私は困ったように笑った。夢だったのか。母后は子供のような好奇心で私を問い詰めた。

  私は正直に母后に話した。「あの人、簫を吹いていたわ。」

  母后の顔色がたちまち変わった。私はこの夢の大切さに気づき、続けざまに問い詰めた。母后は黙して語らず、私は引き下がるしかなかった。

  その後数日のうちに、母后はどんどん年老いていった。父王の目には悲しみがあふれていた。私はもう問い詰めたりはしなかった。ただ、母后のことが心配だった。

written by 羽貝
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2004022121180929
  次の日、海面に出て、人の世に行ってみた。初めてこんなに近くで青空を見た。人を見た。私はめいっぱい飛び跳ねた。夜になり、静けさに包まれると、突然簫の音が聞こえてきた。美しい簫の音は、低く沈み、物憂げに私の300年の歩みに付き添ってきたのだ。私はどうしてもこの音がどこから来るのか知りたくて、眼術を使った。するとたちどころに目の前の夜の風景が真昼のように明るくなった。それほど遠くない岩の上にひとりの美しい男が坐っているのが見えた。彼の要望は父王に劣らないと断言できた。以前母后が言っていた人の世に満ちる人を欺く簫の音というのは、目の前のこの男が吹いていたものだったのだ。ただ不思議に思った。なぜ300年も簫の音が高く低く続いてきたのか?人の命には限りがあるのではないのか?、と。姉が言ったことがある。人間は長く生きても寿命は100年。それならなぜ彼は、300年も生きてこられたのか?私は思わず胸が熱くなり、彼の元へ泳いで行った。私がもう少しで彼のところに泳ぎつくというとき、彼は突然立ち上がった。まさか彼に私が見えたのか?ありえない。私は遁身の術を使っていた。たとえ彼が何でも見ぬく眼力を持っていたとしても、見ることはできないはずだ。まさか彼も人魚だと言うのか?その男は狂ったように私に向かって来た。それを見て私は驚き立ち止まった。私の思考は瞬時に停止してしまった。なぜ、彼に懐かしさを感じるの?なぜ、彼は母后の名前を叫んでいるの?「連裳、連裳、連裳!」と。なぜ、彼はあんなに若いの?私は気を失った。
written by 羽貝
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2004022121180929
  ある夜、私は空を見上げているときぐっすりと眠り込んでしまった。夢の中で私は、深い青色の海底で一人っきりでぐるぐる回っていた。不思議なほど美しかった。普通鮫人は海中を泳ぐとき、うっすらと尾びれの軌跡を残すはずなのだが、私の泳いだ跡の海水は鏡のように穏やかだった。私は夢から覚めると、急いで母后に夢の中の出来事の秘密について尋ねた。母は微笑みながら私を迎えたが、表情をこわばらせ、一言も発せずに私の話を聞いていた。私はがっかりして寝宮に戻り、私の秘密について思いを巡らせた。あっという間に100年が過ぎ、私は絶世の美しさを持つ人魚になっていた。父王は私の成人の大典で私の美しさを称賛し、海底宮殿では夜通し楽器や歌声が鳴り響いた。

  私が満300歳になった夜、母后は私がその伝説を知っているものだと思い、私に話した。すべての王子、王女は成人の夜に夢を見、その夢は自分の将来の運命なのだと。母后に優しくなでられて、私はゆっくりと眠りに入っていった。夢の中で私は海底をのびのびと泳ぎまわり、不思議なほど美しかった。これは以前見たことのある夢だった。私はいぶかしく思い母后に尋ねた。ほんとうは私はとっくに知っているのだ、と母后は言った。私が人魚になった夜、自問自答していた。昔の深海の王子、王女はこの日に運命がはっきり変わったのに、なぜ私だけ手がかりもつかめないのか、と。

written by 羽貝
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2004022121180929
  私は鮫人。人間の伝説の中の、機を織り、泣くときには涙が真珠に変わるという鮫人。私の名前は玉イ肖、深海宮の宮主がもっとも寵愛する娘。私は美しい絹織物を織り、美しい舞を舞う。ただ私はまだ泣いたことがない。だから私の真珠が姉たちのように丸く美しい光を放つのかどうかはわからない。私が物心ついたころ、父王は私に、私が特別な子供であると告げた。私が生まれたとき、七星が一斉に深海を青い空のように照らし、私はその隙間で生まれたのだという。だから泣くことができないのだ、と。

  深海には古い伝説が残っている。それは深海宮のすべての王子、王女の運命を裏付けるものだ。私は以前何度も母后に尋ねた。母后はいつもこれは宿命だと答えた。一番上の姉は自分についての伝説をもう知っている。彼女は伝説を知る年齢に達したのだ。300歳である。私はまだ100年待たなければならない。

  私は暗い子供。いつも深海の深夜に空を見上げるのが好き。私は自分が将来どうなるのかを知りたくてたまらない。でもうすうす私の命には奥深い秘密があることに気づいている。ただまだ幼過ぎてそれを予知することはできない。

written by 羽貝
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2004022121180929
  年老いた乞食は言った。「私がこの三弦を弾くときはいつも、ほんとうの神様が穴から出てくる感じがするのです。まるで私が空を飛んでいるような感じがするのです。みな様、もしご興味がおありなら、一曲弾いてさしあげましょうか。」

  みなは拍手した。

  年老いた乞食が三弦を弾き始めた。世の移り変わりの物悲しさを歌った音楽がたちまちみなの心に染み込んでいった。みなは呼吸を押し殺して、静かに聞いていた。1曲弾き終わると、みなは酔いしれていた。

  ひとりの書生が年老いた乞食に言った。「私はあなたが弾いた曲を聴いて、あなたが話したことが真実だと信じられるようになった。」年老いた乞食は笑って言った。「みな様にお御贔屓にしていただきまして、私は今日最高の気分でございます。」このとき太鼓腹の太った男が立ち上がって言った。「みなさん、保証はできんがこの老人の話はほんとうだ。でも、その孫悟空というサルの話は聞いたことがある。そのサルは実在すると私は信じている。」ずっと隅っこに坐っていた若者がたしなめた。「弟弟子よ、でたらめを言うな。」みなは奇妙さと可笑しさを感じた。その書生気取りの若者はなんとこの富豪のような太った男を弟弟子と呼んだのだ。太った男は自分の腹をなでながら大笑いした。「兄貴が怒ったから、オレはもう言わん。」

  若者はみなが驚き訝ってのぞきこんでいる中、年を取った老人を抱き起こして言った。
「師匠、我々はもう行かなければ。」太った男は笑いながら言った。「よっしゃ、出かけよう。」3人が旅館を出ると、外には書生の雑用係の子といった格好をした人が、雪のように白い馬を引いて来て、老人が馬に乗るのを助けた。4人はだんだんと遠くなっていった。

  旅館ではみなが次々と笑った。みな妖怪だったのだ。

  このとき年老いた乞食の叫び声が聞こえた。みなは彼を取り囲んだ。ふと見ると、あの若者の坐っていた椅子には1本の黄金色の毛が残っていた。

written by 白玉堂
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2004011823351608

≪悟空【12】≫

2004年3月12日 連載
  突然ある考えが私を悟空のところへと突き動かしました。彼ならどうすればいいか知っているだろう、と。

  私はメチャクチャに山道を駆けて行きました。あの山の下に押しつぶされたサルに会うために。

  私はあの林に再び戻って来たのですが、うっそうとした林があるだけで、あの山は見当たりません。私は倆界山じゅう走り回りました。大声で孫悟空の名前を叫びました。私は山の中のいちばん高いところに立ったとき、なにやら遠くのほうにふたりの人と1頭の馬が、そしてその中にひとり痩せた男がいるのが見えました。その人はとても悟空に似ています。私は以前から目がよく、村では‘鷹の目’と呼ばれていました。自信を持って保証します。あれは悟空に間違いありません。

  私が追いかけて行こうとしたとき、ふと足元を見るといつのまにかこの三弦がありました。

  年老いた乞食は手に持った三弦を慈しんでなでていた。みなはこの話に引き込まれていた。年老いた乞食は「私はこれが悟空の置き土産だと思います。みなさん、ここを見てください。」年老いた乞食は三弦の底の部分をみなに見せた。1本の黄金色のサルの毛が三弦にはさまっていた。

written by 白玉堂
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2004011823351608

≪悟空【11】≫

2004年3月11日 連載
  私が目を覚ましたとき、悟空はすでに笑って私を待っておりました。彼はずっと私に教えませんでした。いったい何が起こったのかを。彼は言いました。「坊主、帰ってもよいぞ。坂道に沿って下って行けば峰を越えあの日の倆界山にたどり着く。」私は尋ねました。「それでは私はどうやってここに来たんだ?」悟空は笑って言いました。「ある人がオレ様を脅して、お前をここに連れて来させたのだ。」私は疑わしく思い尋ねました。「誰?」悟空は言いました。「その人はオレ様自身だ。」私は冷ややかに笑いながら、心の中ではこのサル私の一撃で頭がおかしくなったのだな、と思っておりました。悟空は言いました。「お前が帰った後、また戻って来ることになる。時期が来ればお前にある物をやろう。」私は尋ねました。「どうして私は戻ってこなきゃならないんだ?お前みたいなサルを見ると、気分が悪い。」悟空は笑ったまま何も言いませんでした。

  私は振り向きもしないで山を下りて行きました。遠くに村が見えたころ、村からひどく煙が上がっているのを見つけました。まるで火が着いたようでした。私は急いで駆け出しました。近くに来たとき、やっと官兵が村で略奪をしているところだとわかりました。すべての家に火がつけられ、大きな火が際限なく広がっていき、そらを真っ赤に染めました。私の家族や隣人、仲間たちの助けを求めるすさまじい叫び声が聞こえました。私は目の前が真っ暗になって、意識を失いました。

  私が起きるころには空は真っ暗になっていました。死んだような静寂です。私は少しだけはいずってみました。村は一面死体だらけでした。家族もおりましたし、知り合いもすべてその中におりました。悲痛の中、私には急におかしな考えが浮かびました。人は死ぬとどこへ行くのだろう?地獄というところに行くのだろうか?私は村でまる2日間もずっと坐っておりました。

written by 白玉堂
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2004011823351608

≪悟空【10】≫

2004年3月10日 連載
  この上ない法力のお釈迦様が指差すと、暗い空からたちまち幾筋もの金色の光が差し込んで来る。お釈迦様の念想の世界の誕生だ。お釈迦様は笑って尋ねられる。「悟空、お前はこの世界に入ってみたいか?」悟空が答える。「私はもともと空です。この世界も空です。私はここに入りたいと思います。」お釈迦様は言う。「お前がこの世界に入ったら、2つの身体に分かれることになる。どちらも悟空だ。どちらも私の影だ。私はその影のことを‘心魔’と呼んでいる。この世界の衆生の中で、お前とその影だけが空の真諦を知っているのだ。彼らが生だと思っているこの世界が空だとわかっているのだ。」悟空は疑問を抱く。「なぜ私が私と心魔に分かれなきゃならないんです?」お釈迦様は言う。「心魔がいなければお前が心魔になってしまう。私は2人の悟空にいっしょに悟空の秘密を理解してもらいたいのだ。」悟空は笑って言う。「仏はもともと魔でもあり、魔が仏だったのですね。」

  お釈迦様のお考えが流転し、悟空を指差す。「行け。」

  影は金の光となって果てしない世界に融け込んで行った。

  悟空は静かに地面で熟睡してしまった鉄蛋を見ておりました。この子は小さなころからとてつもない圧力を受け、今になって彼自身もわからない理由からこんなことをしでかしてしまいました。悟空は頭を挙げ満天の星を見上げました。一日がこんなに早く過ぎて行ったのです。彼はもうひとり悟空を、つまり心魔ですが、それがすぐそばに姿を現すことを知っておりました。その心魔だけが衆生の意識を惑わせ、彼らの行動に影響を与えることができるのです。悟空はいつその悟空に会えるか知りたいと思いました。彼はその日が来るのを待ち望んでおったのです。

written by 白玉堂
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2004011823351608

≪悟空【9】≫

2004年3月9日 連載
  孫悟空は言いました。「仏家は言った。色即是空、真もまた偽なり。お前とオレ様はこのすべての中に含まれているんだ。すべてはお釈迦様の一念なのだ。天地開闢のときお釈迦様はオレ様を創り出された。オレ様はお釈迦様の念想なのだ。」

  お釈迦様は広大で際限もなく広がっている天でもなく地でもないところに静かに座していらっしゃる。お釈迦様が目を開き周りを見渡すと、茫々たる青い海だ。ただお釈迦様の影だけがある。お釈迦様はおっしゃる。「影よ、お前は私なのか?」と。影は答える。「お釈迦様、あなたは私なのですか?」お釈迦様はにっこり笑い後光がぱっと周りを照らす。「影よ、私はお前だ。」影は言う。「お釈迦様、私はあなたです。」お釈迦様はおっしゃる。「影よ、お前はもともと存在しないが、私は存在する。それならどうしてお前が私になれるのだ。」影は言う。「お釈迦様、あなたは存在しないが、私は存在するのです。どうしてそのことをご存知ないのですか?」お釈迦様はまた笑われる。「そうお前も私も存在しないのだ。お前も私も空なのだ。」影は言う。「お名前をいただきありがとうございます。」お釈迦様はおっしゃる。「え?お前の名前?」影は言う。「お名前をいただきありがとうございます。私の名前は‘悟空’です。あなたは私に空の意味を悟らせてくださいました。私は空です。お釈迦様も空です。この世界も空です。」お釈迦様は思いに沈まれる。「それではすべてのものが存在しない。お前も私もどうしてその中に生まれてきたのだ?」影は言う。「お釈迦様、あなたは私がどこから来たのかわかりますか?」お釈迦様はおっしゃる。「お前は私の影だ。お前は私の念想だ。私がいるから当然の結果としてお前がいるのだ。」影は言う。「私がどうしてここにいるのかは、あなたがここにいる理由と同じなのです。」お釈迦様は笑っておっしゃる。「それでは私は誰の影なのだ?誰の念想なのだ?」影も笑って言う。「わかりません。知りたいです。私はお釈迦様であり、お釈迦様は私である、ということですね。」お釈迦様は初めて心の底から大いにお笑いになる。「影よ、あぁ、悟空よ、私はもうひとつ世界を創ろうと思う。もうひとり釈迦を創ろうと思う。もうひとつ影を創ろうと思う。どうだ?もうひとりの釈迦がどのようにして悟りを得るか見てみよう。」影は賛成する。「お釈迦様、よいお考えです。」

written by 白玉堂
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2004011823351608

≪悟空【8】≫

2004年3月8日 連載
  私はずっと長い間気を失ったままでしたのに、私が桃花を殺したのでしょうか?それは私がそれまでに聞いたこともないほどでたらめな笑い話でした。私は冷静さを取り戻し、そのサルの頭を見ましたが、見れば見るほど腹が立ってきました。私は手に持った棒を握りなおし、手ひどくその頭を叩きのめしましたが、「パン」という音とともに棒は折れてしまいました。悟空は笑いながら言いました。「痒いところが治ったわい。」そして彼は続けました。「でもお前を責めるわけじゃないが、お前が信じないことはわかっておったわ。もしお前に度胸があるなら、オレ様のそばに来て坐ってみろ。真相を教えてやる。」私は言いました。「誰がお前のうさんくさい話なんか信じるもんか。」悟空は大笑いします。「どうやら度胸はないようだな。」私はそのころ若くて血気盛んでしたし、どうやったって悟空がその山から飛び出してくることはないだろうと、安心しておりました。そして彼のそばに行って、坐って言ったのです。「いったい何のお遊びが始まるんだ?」

  孫悟空は言いました。「坊主、目を閉じろ。」私は目を閉じました。身体がリラックスして、まるで暖かい液体が流れていくような気分になり、夢の中に入っていきました。私は空に浮かんでおります。雲の間から見えるのは、私自身ではないですか!そして豆子や桃花もいます。豆子はナタを振りかざして、その‘私’に切りつけてまいります。私は空の上で唖然としてしまいました。見るとその‘私’が狂ったようにナタを奪い取り、反対に豆子に切りつけて行きます。空の上の私の耳には風の音しか聞こえません。でも、豆子の叫び声と桃花が恐怖のため凄惨な叫び声をあげるのが聞こえたような気がしました。一太刀浴びた豆子が崖を転がり落ちるのが見えます。不審に思いながら見ておりますと、その狂った‘私’は桃花を地面に押し倒しております。その続きは私が固く目を閉じていたので見ておりません。私は全く信じられませんでした。それが私がやったことだとは。私は空の上で大声で叫び、パッと目を見開きました。暖かい日差しが私の顔に差し込んでおりました。私は夢から覚めました。悟空は笑いながら私に聞きます。「どうだ?」私は悲しみと憤りの極みでした。「これはお前の妖術か?お前は魔法を使うのか?」悟空は笑うのを止めてまじめに私に言いました。「お前が今見たのは、間違いなく昨日の晩起こったことだ。オレ様はお前に事の経緯を話してやってもいいが、このことはお前や豆子のせいではない。お前がほんとうの悪人なら、今まで生かしておいたりはせん。」私は全人格が崩壊してしまい、ぼうっとなりながら尋ねました。「それはいったいどうしてだ?」孫悟空は言います。「天地の始まりに、お釈迦様が万象世界を創り出された。この世はすべてお釈迦様の頭の中にある。この世はすべて夢幻なのだ。すべてはお釈迦様の一念の中にある。」私は大声で言いました。「お前のたわ言などどうでもよい。私は昨日の晩いったい何があったのかを知りたいだけなんだ。」孫悟空は辛抱強く言いました。「最後まで聞け。いいか。」私は言いました。「そんな話、でたらめじゃないか。この世界が夢幻だって?それならお前も偽者で私も偽者だ。もともと存在しないのだ。それならどうして私たちはここで話しているんだ?」

written by 白玉堂
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2004011823351608

≪悟空【7】≫

2004年3月7日 連載
  私は尋ねました。「お前は誰が桃花を殺したのか知っているのか?」そのサルは「はっはっはっ。」としきりに笑っております。「先に自己紹介しようじゃないか。オレ様は姓は孫、お釈迦様がつけてくださった名前が‘悟空’、お前はオレ様のことを‘悟空’と呼んでもいいぞ。お前は?」私は言いました。「私は鉄蛋。悟空だって?まるで坊さんの名前だな。」悟空は大笑いしました。「坊主、お前なかなか頭がいいな。オレ様は道家の出身なのさ。」私は疑わしい目つきでサルを見ました。「お前サルだろ?どうして頭だけ残ってるんだ?」悟空は「はっはっはっ。」と怪しい笑いを浮かべております。「オレ様はたしかにサルだ。オレ様の身体はこの山に押しつぶされているんだ。だから頭だけなのは当たり前の話だ。そのわけはというと、話が長くなるし、お前のような坊主には話してもわからんだろう。」私はそのとき鼻で笑いました。実は私は村の塾でいちばんの成績だったのでした。私は言いました。「お前が人間だろうがサルだろうがかまわんが、豆子がどこへ行ったのか知らんか?」悟空は尋ねます。「豆子というのは昨日ナタでお前と娘を切りつけた坊主か?」私は尋ねます。「どうしてお前は何でも知っているんだ?」悟空は笑います。「この山の四方数十キロで起こったことなら知らないことはない。オレ様はその豆子というヤツがどこへ行ったか知っているぞ。でも、お前には教えてやれないな。教えてやったって仕方ない。」私は大声で問いただしました。「なぜだ?私は仇討ちをしたいんだ。」悟空は笑います。「お前が仇を討つって?言っておくが、桃花は豆子に殺されたわけじゃないんだぞ。」私は不思議に思いました。「じゃ、誰だ?」悟空は言いました。「お前だ。」

  年老いた乞食がここまで話し終わったとたん、旅館じゅうがどよめき出した。みなは驚き訝り年老いた乞食を見た。年老いた乞食はみなに静まるように手まねして、話を続けた。

written by 白玉堂
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2004011823351608

≪悟空【6】≫

2004年3月6日 連載
  ひとりの西域の剣客が年老いた乞食の話を遮った。「じいさん、その豆子ってヤツはどこへ行ったんだ?豆子ってヤツはまるで犬畜生じゃないか。もし見つけたら、死ぬほど痛めつけてやる。」年老いた乞食はひどく痛ましい笑いを浮かべ、「今日に至るまでずっと豆子には会ったことはありません。」と言った。

  私が狂ったような叫びを発していたとき、そう遠くないところで人の笑い声がしました。怪しい笑い声でした。ゲラゲラという声は聞くに耐えません。怒りに震えた私は、大声で問いただしました。「誰だ、笑っているのは?」それはまるで嘲笑っているかのようでした。怪しい笑い声は林の深いところから聞こえてまいります。「オレ様はここだ。来てみろ。」見ると地面に折れた太い木の枝が転がっておりましたので、それを拾ってその声のほうへまっすぐに向かって行きました。森の深いところまで行ってみると、やっと見つけました。うっそうとした森の奥には山があったのです。私は唖然としてしまいました。この倆界山のその中にまた山があるなんていうのは聞いたことがなかったのですから。さらに驚いたことに、麓の岩石の隙間から頭が飛び出ていたのでございます。この頭は毛むくじゃらで、ボサボサ、どんな顔をしているのかさえさっぱりわからないのでございます。私は恐る恐る近づいて行って、木の棒でその頭を叩いてみました。するとその頭はブルッと身震いをすると顔を挙げました。それは毛むくじゃらのサルの顔だったのです。そいつは私に向かって牙をむきました。びっくりいたしました私は地面に坐りこんでしまいました。こいつはまるで怪物です。妖怪です。私が逃げ出そうと思っていたちょうどそのとき、そのサルは叫びました。「逃げようってのか?あの娘の仇は討てないぞ。オレ様はお前を傷つけたりはせん。」私は立ち止まり、振り向いて疑惑の目でそのサルを見たのでございます。

written by 白玉堂
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2004011823351608

≪悟空【5】≫

2004年3月5日 連載
  豆子の両目は血走っておりました。まばたきひとつしないでしっかりと抱き合った私と桃花を見つめておりました。豆子はあらん限りの声で言ったのです。「おい、生きて帰れると思うなよ。桃花はオレのものだからな。」彼は一歩一歩迫ってきます、私は桃花を抱きかかえ一歩一歩後ずさりします。そのとき月は明るく星はまばらで、桃の花は揺らめき、景色はとても美しいものでした。しかし私は骨を刺すような寒気と息詰まるような異常さを感じておりました。桃花は思いを込めて私を見ながら言いました。「行かせて、あなたは早く山を下って家に帰るの。」私はしっかりと彼女を抱きしめ、私がいれば誰にも指1本触れさせはしないと言いました。豆子はだんだんと近づいてまいります。息の匂いがするほどでございました。豆子は猛然と手にしたナタを振り上げ、私に向かって切りつけてきたのでございます。たちまち一面に舞い上がる砂ぼこり、桃の花が舞い散るのが見えました。そして記憶を失い、私は自分が死んでしまったのだと思いました。

  旅館の中はひっそりと静まり返った。みなは静かに年老いた乞食の話を静かに聞いていた。

  年老いた乞食はお茶に口をつけた。顔の筋肉が不規則に動き出した。

  私が気がつきましたときには、見たこともない林の中の小道に寝ておりました。もう日差しが道端の生い茂った枝葉から差し込んできておりました。とても暖かでした。私は昨夜のことを思い出し、幸い死んではいなかったのだとわかりました。しかしほんとうに自分がなぜこんなところにいるのかわかりませんでした。なぜ死んでいなかったのかわかりませんでした。私がゆっくりと起きあがって、ふと見ると私からそれほど離れていないところに見るも無残に衣服をボロボロに引き裂かれた人が横たわっておったのです。近づいて行って仔細に見てみますと、長い髪をとどめ、顔を下に向けて倒れております。私は足で上向きにしてみました。その人の顔をよくよく見てみると、唖然としてしまったのです。その死人は桃花だったのです。彼女の衣服はボロボロになり見る影もありません。誰かに引き裂かれたようで、ほとんど肌を露出してしまっておりました。身体じゅう傷だらけで、目は大きく見開き、その死に様は驚きと哀れさを感じさせました。彼女は生きながらにして豆子に蹂躙され、そして彼の手にかかって無残な死を遂げたのです。私は驚きと怒りから大声で叫びました。うち塞がった気持ちを発散させたのです。私の最愛の娘がズタズタにされ殺されてしまったのです。山林に私の痛ましい叫び声がこだましました。

written by 白玉堂
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2004011823351608

≪悟空【4】≫

2004年3月4日 連載
  私の連れの2人は極悪非道な豆子が凶器を持っているのを見て、回れ右して逃げ出しました。私は驚きで気を失ってしまった桃花を抱きかかえ逃げ出そうとしておりましたが、すでに豆子に唯一の下山路である小道を塞がれてしまっておりました。彼の顔はすでに歪んで、大声で私に向かって怒鳴ったのでございます。「桃花をオレに返せ。オレに返せ。」

  年老いた乞食はここまで話すと、顔にはひとりでに恐怖とい訝しげな表情が浮かんでいた。彼は目を閉じて当時に戻ったような様子だった。彼はゆっくりと話した。「私は未だかつてこのように自分の欲求を、狂ってしまったように赤裸々に出した人間を見たことがございません。私はそのときの豆子はどんなことでもやらかしたと信じております。」ひとりの頭のよさそうな商人が言った。「じじい、お前が話した話には、ここまでに大きな穴があるぞ。」年老いた乞食は微笑みながら目を開けた。「お教え願いたいですな。」商人は得意満面で言った。「じじい、お前が話している豆子とは普段はどんな人間なのだ?」年老いた乞食は彼がこのように尋ねるだろうとわかっていたように答えた。「まじめで素朴な田舎者、私の親友のひとりだと言えましょう。」商人は言った。「ほれ、見てみろ、そんな素朴な田舎者がどうしてそんなに豹変するのだ?説明がつかないじゃないか。」「そうだ、説明がつかないぞ。」そのあと、次から次へと声が上がった。年老いた乞食は厳粛な雰囲気で言った。「こんなに長い間生きてきましたが、そんな理屈は未だかつて聞いたことがございませんな。」彼は深くため息をつき、また彼にとって忘れられないあの夜の話を続けた。

written by 白玉堂
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2004011823351608

≪悟空【3】≫

2004年3月3日 連載
  それは私が十歳ちょっとのころのことでございます。私は小さいころ中国の辺境の小さな村に住んでおりました。中国の管轄の村でございます。当時は隋煬帝楊広の在位のころでした。みな隋煬帝の統治は残虐だと言っておりましたが、私の故郷は中国から遠く離れておりましたので、子供時代は比較的温和で平和なものでございました。私が住んでおりました村の近くには毎年きれいな桃の花が咲いたのでございます。私と同い年の仲間たちといっしょにいつも村外れの倆界山に桃の花を見に行っておりました。その年の春、私と友達数人はまたいっしょに倆界山に走って花見に出かけました。いっしょに行った中には女の子もおりました。彼女の名前も桃花でした。彼女はきれいな子で、桃の花のように美しく艶やかでございました。子供の私はいつのまにか彼女のことを好きになっていたのでした。その日、花見に行って、チャンスがあったら彼女に告白しようと思っておりました。その日、私たちは楽しく遊んで、次第に時間が経つのも忘れてしまい、気がつくと夜になっておりました。夕暮れの倆界山はかなり不気味です。昼間見たときはあんなに心和んだ桃の花も怪しく変わり始め、腕を広げた妖怪に見えてきました。私には女の子の桃花が恐がっているのがわかりましたので、いっしょに山を下り家に帰ろうと言いました。みんなも同じように次々と山を下り始めました。しかし豆子という男の子だけは動こうとしませんでした。私たちは彼に早く帰るように促しましたが、豆子は急に桃花の抱きついて、私が怒りに震えるような言葉を発したのでございます。彼はこう言いました。「桃花、オレはお前が好きだ。結婚しよう。」がんじがらめにされたか弱い桃花がいっぱい涙を流しながら私を見ていました。私の心は張り裂けるようでした。私は豆子を引き離し、強烈な一発を食らわして、おとなしくしろ、と言いました。桃花はたよりなく私のそばにやって来ました。私の身体にはたちまち力と元気があふれてきました。絶対だれにも桃花をいじめさせないぞ、と私は思いました。このときです。豆子は地面から立ち上がり、いつのまにか手には鋭いナタを持っていたのでした。

written by 白玉堂
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2004011823351608

≪悟空【2】≫

2004年3月2日
  年老いた乞食は店の真ん中の椅子に坐り、皆はそれを囲んだ。彼は思いを込めて懐の三弦をゆっくりとなでながら言った。「私が皆様にお話しするのは、この三弦の来歴でございます。」ひとりの旅商人がバカにして言った。「三弦だけか?どんな話があると言うんだ?」年老いた乞食は微笑んで言った。「皆様は私の話をお聞きになればよいのでございます。もし皆様が私の話をお聞きになって何ほどのこともないと思われれば、その場で私の三弦をたたき折っていただければ、この老いぼれ乞食はそれでいいのでございます。」

  ひげの主人が言った。「みなさん、お聞きください。面白いですよ。私がご用意したお話に絶対間違いないですよ。」そして、すみっこでずっとうつむいていた若者が顔を上げて尋ねた。「お前が話す話は実話か?」年老いた乞食は心をこめてうなずいた。「これは間違いなく私の身に起こったほんとうのことなのでございます。」

  年老いた乞食は自分の三弦に関する話を始めた。

written by 白玉堂
http://wind.yinsha.com/letters/show.phtml?aid=2004011823351608

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12

 

最新の日記 一覧

<<  2025年5月  >>
27282930123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

お気に入り日記の更新

テーマ別日記一覧

最新のコメント

日記内を検索